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    第2回 フレンチクルーラー


    先にも書いた通り、色紙を貰ったのは病院のベッドで暮らすようになって1ヶ月経つ頃だった。
    状況が落ち着かなかった事もあり、学校側以外には入院している事も伏せていたからだ。
    また、まだ人が来ても対応できるような状態でなかったため、入院は伝えても場所は伝えなかった。

    しかしそれからしばらくして、担任の教師の「クラスも変わってしまうから」という説得もあって、所在も明らかにする事にした。
    誰かに会いたいという気持ちもあったのだろう。
    少し甘い判断だったかもしれないとも思う。

    それから色紙に言葉を書いてくれた人達が訪れるようになる。
    どこからか伝わったのか、中学時代の同級生も訪れる。
    当時の見舞いの事は本当によく覚えている。


    差し入れられたドーナツ。
    噴出してしまうと失礼なので、貰ってすぐ目の前で食べる事は出来ず、
    夜一人になってから一個食べるのが精一杯だったが、その時の味は忘れられない。

    持ってきた果物をその場でむいてくれた人がいた。
    女の子にそんな事をしてもらう事が単純に嬉しかった。

    クラスのアンケートのようなものを持ってきて書かされた。
    そういえばそれを元に完成した冊子は貰っていない。

    二十歳まで生きられないと聞いた、なんて言われた。
    実際そのような噂はあったらしいのだが、冗談ぽく言ってくれたので癒された。
    長くは生きられないかもしれないが、当時も今も笑い飛ばせる程元気だ。


    嬉しかった。しかしだからこそ、申し訳なさもあった。

    体の持つ抵抗力が弱く、訪れてきた人間にはマスクの着用が義務づけられた。
    好意で持ち込まれた花などが部屋に飾られる事もなかった。

    喉も弱く、差し入れられた食べ物はほとんど口にする事はなかった。
    声を出す事も重労働に感じられ、感情は顔に表れなくなっていたため、
    ひどく無愛想に振舞っているように見えただろう。

    病院が広く複雑で、途中で迷い力尽きて病室まで辿り着けなかった者もいた。

    彼らに何かを返す事は出来たのだろうか?


    そんな中、特に印象的だった出来事がある。
    二人の同級生の女の子が見舞いに訪ねてきた時のこと。
    いつものように病室で他愛もない話に興じる。
    しかし実はその間、手には汗、顔は熱く、胸の鼓動は高鳴るばかりだったのだ。



    続く


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