My CORONA History4

コロナの2001年6月〜9月の仕様の移り変わり等を紹介します。

2001.6頃


ルーフアンテナとフューエルリッドのステッカーを追加しました。

2001.7頃


サイドのデコラインを張り替えました。
あと、メーター周りとPWスイッチをウッド調に変更しました。

2001.9.6


9月6〜11日の夏休みの前半を利用して、北海道半周を決行しました。
初日の6日は三笠〜芦別〜旭川〜名寄〜幌延と北上し、日本最北の地である稚内を目指しました。
左は音威子府の道の駅(自分の影が写ってる・・・)、右はサロベツ原野で夕日と利尻富士をバックに撮影したものです。

稚内市内に到着したのは20時ごろ。一度宗谷岬へと行き、市内へ戻って休むことにしました。

2001.9.7


初日は稚内市内の駐車場で車中泊しました。
左は宗谷岬付近で日の出をバックに、右は最北の駅である稚内駅をバックにそれぞれ撮影したものです。



2日目はオホーツク海側をひたすら南下しました。
上は宗谷岬の駐車場、下は猿払村の道の駅「さるふつ公園」で撮ったものです。


北緯45度をまたいで撮ったものです。道路の脇にこのような碑が建ってました。




(上左から)北見枝幸、紋別、湧別、中湧別、佐呂間の道の駅で休憩時にそれぞれ撮ったものです。
枝幸、中湧別のように建物に趣向をこらした施設もありました。

このあと、北見〜網走〜斜里(ここら辺から大雨になる)〜清里(温泉で一休み)〜弟子屈〜標茶(このころはほとんど意識がない?)を通り、釧路に着いた時にはすでに23時をまわっていました。

2001.9.8


2日目は釧路駅前の駐車場で車中泊しました。なぜかというと・・・お金がなかったからです(汗)
何しろガソリン代を払うとほとんど所持金がない状態。まあ車中泊自体気楽で結構好きですし・・・。

3日目はどうしようか迷いましたが、せっかくだからということで最東端の根室へ向かいました。


根室の道の駅で休憩です。途中から小雨が降り、もうこの頃には車はドロドロ。


日本の最東端・納沙布岬です。カニ汁美味しかった(喜)。北方領土もうっすら?見えた気が・・・。
市内でエスカロップも食べたかったけどお金がない(悲)。


根室から別海をまわって摩周湖に寄りました。「霧の摩周湖」だけあって全く見えませんでしたが。


左は道の駅摩周温泉で撮影したものです。
摩周湖からは阿寒〜白糠を通り、足寄の道の駅で休憩です。

そのあとは士幌〜音更〜帯広と南下しました。帯広に入った頃にはすっかり暗くなっていたので、夕食に名物の豚丼を食べました。


帯広からまたどうしようか迷いましたが、せっかくなので(こればっか)、えりも岬をまわる事にしました。
中札内(カントリー娘。のいる花畑牧場があるところ・・・って一体どれだけの人がわかるのだろう?)〜更別〜忠類(ナウマン象で有名らしい)〜大樹〜広尾を通り、えりも岬へ。
途中黄金道路という海岸に沿った道を通るのですが、ここでは濃い海霧と打ち上げられたゴミで怖い思いをしました・・・。
それにしてもえりも岬は風がすごかった!5分と外にいられませんでした。


えりも岬を後にして一路札幌へ。
様似〜浦河〜三石〜静内〜新冠〜門別〜鵡川と海岸沿いを快走し、厚真から日高道に乗って苫小牧へ。
それから千歳で軽く車を水洗いし、札幌の実家へ着いた時にはもう9日になっていました。

ほとんどの時間走行していたので、3日間で総走行距離は2000キロを超えていました。ちょっと無理したかも?