9月11日(月)

 朝から雨が降っていた。夕方ぐらいに激しくなる。屋根の雨どいから全面的にあふれ出している。短時間こういう雨が降ることはあるが、長時間続くのは初めて。

 夕刊はかなり遅れ、濡れて配達された。夕刊には豪雨情報はほとんど載っていない。

 午後7時ぐらいに30分間ほど小降りになり、その時に二ッ杁駅のコンビニに行く。周辺はいつもの雨よりは水がたまっていたものの、所々水たまりがないところもあったので、靴が濡れなかった。

 家に戻ってしばらくすると、また、雨が元通りの激しさに。天気情報を見たいが、テレビでは通常番組通りらしく、特に何もやっていない。衛星放送は、アンテナの入力レベルが0になり(通常は60弱)、全く映らない。少し回復(1ケタ)すると、ざらつきながらも何をしているかぐらいは分かる、ということの繰り返し。

 テレビのニュースで扱われる天気関係のニュースは、竜巻関係のものが大半。やがて大雨の情報が増えてくる。電車が不通になっているというニュース、今夜いっぱいこの雨が続く見込みとの予報、名古屋で一時間当たりの降雨が観測史上最高だった、記録的短時間大雨情報が出た、という内容が次々に報道されてくる。

 電車が不通なので家族が名古屋駅から動けなくなっていたが、11時台に、JRが数本動いたそうで、それに乗って帰宅。テレビでは動いたという報道はされていない。枇杷島方面は動いたが、動かないと駅で掲示されていた方面もあったとのこと。


9月12日(火)

 12時(午前0時)を過ぎてもかなり強く雨が降り続いている。夕方あたりと比べると、雨の降り方に波が出て来て、雨足が弱くなるときがある。この頃には、名古屋からのニュースの大半は、大雨関連になっていた。

 12時30分〜45分ぐらいの時間に、テレビを見ていると、外の方から、「避難勧告」という単語が、一回聞こえてきた。あまり大きい音ではないのと、早足で車が去って行ってしまったようで、はっきり確証は持てなかったが、どうやら、「庄内川の増水のため、避難勧告が出た」らしい。

 12時45分過ぎに小降りになっていたので、庄内川の水位を見に行く。堤防の下を通るのは危険かなと感じながらもそこを歩きながら堤防の坂を上る。堤防の下(もちろん堤防の外側)は、低い位置だと思われるが、水がたまっていない。

 堤防の上に着いて、庄内川の方に懐中電灯を向けると、堤防の上から1mぐらい(あくまで目測)のところまで水が来ている。手を伸ばせば、届きそう。結構流れが速いので近づかなかった。懐中電灯の力が弱いので、近くしか見えない。数年に一度の増水時も、かなり上まで増水することはあるが、雨がまだ降り続く状態でこんなに多くなった記憶はない。今回は危ないかもと感じた。

 通常庄内川が増水しているときには、消防関係者が堤防にいることが多いが、堤防には誰もいなかった(いたのは僕だけ)。車も全く通らない。

 そうしていると、先程聞こえた広報車らしき車の音が聞こえた。今度は外にいるためかはっきり聞き取れ、この一帯に避難勧告が出たとのこと。どこに逃げろとかの指示は聞こえない。どの範囲に避難勧告が出ているのかも、いまいちはっきりしない。とりあえず、今晩は起きていることにした。

 自宅に戻り、ネットアクセス(9/12午前1時ごろ)。新聞社のウェブページを見るが、テレビニュースで流れている以外のことは載っていない。ほとんど何も載っていないサイトもある。自宅横の道から、子供の泣く声と親の声が聞こえる。通りの裏側(庄内川堤防のすぐ下辺り)に住んでいる家族が、避難所に避難しようとしているらしい。

 1時ごろに、西枇杷島町全世帯に避難勧告が出た、という臨時ニュースをやっていたとのこと。ニュースを見ていると、西枇杷島町を庄内川上流と言っているものが見られた。決して、上流ではないと思うのだが・・・

 2時頃テレビニュースを見て、西枇杷島町全世帯に避難勧告が出たとの報道を確認。庄内川が警戒水位を超えているらしい。この段階では、新川のことは全く考えていなかった。避難勧告は出ているが、避難先に指定されている場所は全て、自宅のある旧街道筋より低い土地ばかり。避難する意味がないと感じ、そのまま自宅にいることにする。

 3時頃のニュースでは、名古屋市西区の一部地域などにも避難勧告が出ているとのこと。この頃までには、ウェブの新聞社のページにも、豪雨関連の記事が載るようになっていた。

 雨は依然としてかなり強く降っている。ニュースを見ていると、避難勧告の地域がどんどん増えていく。

 新川が切れたらしいとの話を、5時少し前ぐらいに聞いた。

 5時ぐらいに、外が明るくなってきたので、庄内川の水位を見に行く。この頃には、雨のピークは過ぎたようで、小降りになっている。堤防には僕以外にも数人の人がいた。水位は夜の1時頃とほとんど変わらない。河川敷に水が満ちていて、遥か彼方の対岸の堤防まで水がいっぱい。庄内川がこんなに大きい川だとは思わなかった。水の中から、河川敷にある木のてっぺんらしきものだけが見える。他には何も見えない。堤防から河川敷のリバーランドに降りる坂は、数m見えるだけ。

 帰ってきてニュースを見て、新川決壊との情報を確認。場所は西区あし原町辺り。西春日井郡西春町全域にも避難命令が出たとのこと。地図で場所を確認すると、西春町とはかなり異なった場所。ニュースで決壊場所と言われているのは、新川の反対側。決壊側と言われる西枇杷島町で勧告なのに、なぜ西春町に避難命令が出たのか分からず、現在何が起きているのか全く想像できなかった。

 庄内川の下流域の名古屋市中川区一色大橋付近で、庄内川の堤防から水が溢れているとの報道あり。

 7時頃、雨がほぼやんだ状態になったので、新川を見に行った。旧街道筋(美濃路・この付近では本通りと言っている)を歩いていると、西枇杷島町内では人をほとんど見かけられないのだが、新川町内では、かなり人を見かける。通りの寺が避難所になっているのか、寺周辺に人が集まり、靴が多く並んでいる。車も道路沿いに多く並べられ、裏通りより高い位置にある本通りに移動してきたらしい。新川町役場の方から、何か放送がかかっている様子。有線がかかっていたのかもしれない。西枇杷島町側の反応の遅さが気にかかる。

 新川は、上から数センチといった感じのところまで水が来ていて、しかも、かなりの激流。怖くてとても近寄れない。新川橋は工事中で、現在架かっている橋は、臨時の簡単なもの。これが流されていないこと自体不思議なぐらい。しかし、近くの人の話では、これでも、結構水が退いた後らしい。なんでも、堤防が切れた頃に、「急にすぅーっと水が退いた」とのこと。切れる前が一体どういう状態だったのか、想像もつかない。

 この時点では、まだ、本通り周辺の街中に水が浸かっていなかったと思う。西区の木前町あたりは、既にかなり水に浸かっているとのこと。決壊した側ではないのに、かなり水が入っているらしい。

 9時近くまでネットアクセスしていて、パソコンを使っていたら、9時ちょうど位に、突如、停電。パソコンもブチッといって切れる。一帯が停電になったらしい。

 朝から西区木前町方面に電話をかけているが、通常電話・携帯電話ともに、全くつながらない。

 自宅で主に使用している電話機は、今年の夏に買ったコードレス+普通紙FAXタイプの物だが、停電になったら、単なる電話としても動作しなくなった。運良く単機能(昔ながらの有線電話のみ・コードレスや留守録も付いていない)の電話があったのでつなぎ替えて電話は使えるようになった。

 停電では何もできないし、情報源のテレビもつかない。しばらくすれば停電が回復するだろうと思い、睡眠をとったので、数時間様子が分からない。

 昼前ぐらいには起きたが、まだ停電は回復していない。聞いたところでは、本通りの近くまで既に水が来ているとのこと。近くの交差点まで見に行くと、通りから1mない位の高さまで水が来ている。新川の堤防と本通りはほとんど同じ高さだと思っていたので(本通りをまっすぐ平坦に進んでいくと新川堤防の上に出る)、こんなことがあるのかと驚く。本通りまで水が来るか微妙なところ。通りの周囲では、自動車が屋根まで浸かっている。本通りを挟んで反対側(庄内川堤防寄り)は、本通りがせき止めている形になって、水が入っていない。

 自宅からの電話をあきらめ、公衆電話から木前町方面に電話をかけたら、すぐにかかった。

 水に浸かっていない郵便局も、停電のために全く機能していないらしい。会計部分が電子化されているので、切手すら買えないとのこと。

 午後1時過ぎ、自宅にいても何も情報が入ってこないので、情報入手のために名古屋駅まで徒歩で出かける。新川の方は有線があるみたいだが、西枇には役場などからの情報が入らない。口コミ情報が頼り。他には、自力で現地に行ってみるしかない。名古屋駅に行けば、テレビニュースが見られるのではと期待。空にはヘリコプターが頻繁に行き来している。

 通りを歩いていると、まだ救助活動はほとんど行われていない。近くの住民が集まってボートを膨らましている場面には出会った。予想通り、本来避難先の福祉センター辺りは、一面水だらけ。庄内川にかかる枇杷島橋から見た感じでは、庄内川の増水は止まった感じ。西枇杷島駅の上にかかる陸橋方向を見ると、かなり水が入っている。当分名鉄は回復しそうにないことを実感。

 枇杷島橋を渡り、名古屋市側に入ると、普段よりかなり人が多い。西枇杷島町からの買い出し客が多い様子。東枇杷島のコンビニに行っているみたい。歩いている人の表情に暗さは感じられなかった。普段歩いている人より元気なぐらい。とりあえず、東枇杷島のコンビニには行かず、栄生へ向かう。(この辺りの名鉄名古屋本線の駅は、須ヶ口−新川橋−二ッ杁−西枇杷島−東枇杷島−栄生−新名古屋、の順)

 途中の道路を見ると、昨日の豪雨で水が一時的にたまったのか、交差点辺りにはゴミがたまったり、土がたまったりしている。でも、この時点では、既にどこにも水はたまっていない。道路の交通量は、普段より明らかに少ない。

 栄生駅を見ると、改札が真っ暗。周囲に電気は来ているので、改札の電気を落としているみたい。回復の見通しがたたないということだろう。栄生にあるスーパーナフコは、営業していた。品揃えも通常と変わらない感じ。

 名古屋駅についてみると、こんなに人が少ないことは正月ぐらいではないかと思うぐらいの人数しかいない。地下街の店も、所々閉まっている。カメラ屋に寄ると、「下小田井が水に浸かって・・・」、という会話をしていた。(下小田井は名鉄犬山線の駅。上小田井−中小田井−下小田井−東枇杷島−栄生、の順。犬山線と名古屋本線は、西枇杷島駅のすぐ近くで合流している。)

 ニュースが見たいのでテレビを探すが、意外とどこにも見あたらない。名古屋駅前の大型家電販売店は、運悪く現在改築中。パソコン店に行けばあるかと思ったが、ここにもない。テレビはあきらめ、ネットアクセスが出来るところを探す。数年前に流行ったインターネットカフェの類は見あたらないので、パソコン店でケーブルテレビのネット接続のデモがあったので、そこからアクセス。ウェブのニュースサイトにアクセスすると、豪雨関係の記事が多くなっている。大まかな状況は写真などから分かる。西枇杷島町の救助活動は遅れている模様。

 友人との連絡に使っている掲示板にアクセスすると、友人からの書き込みがある。それによると、NHKはほとんどの番組を変更して、水害関係の番組を放送しているらしい。ただ、西枇杷島町では、停電で見られない。

 念のために名鉄新名古屋駅の改札に向かうが、やはり動いていない。列車案内表示用のモニターは電気がついていない。一応、大雨のため・・・、という内容の張り紙はある。ただ、動いていないことが明らかだから火、改札周辺にほとんど人がいない。

 名古屋駅に向かうときにはまだ小雨が降っていたが、3時過ぎ、名古屋駅を出て西枇杷島に戻るときには、ほとんど降っていなかった。

 庄内川に着くと、水は行きよりもかなり減っている。ピークは過ぎたのだろう。水が来たところまで草が倒れている。やはり、上から1m位まで来たようだ。

 西枇杷島駅方面の陸橋に行く。付近の様子を見ようと、人が集まっている。陸橋の上にはNHKが来ている。マスコミを見たのはこれが最初。本通り方面にはマスコミはほとんど来ていない様子。

 普段は車しか通れない陸橋は、道路が水に浸かっているので、車は通行禁止。珍しく徒歩で上ることが出来る。陸橋の上から見ると、西枇杷島駅がプラットホームの表面だけ残して水に沈んでいる。周りの話ではもっと水が来ていたらしいので、ピーク時には完全に水没していたと思われる。名鉄の線路は、西枇杷島駅の少し名古屋より辺りから水に浸かっている。

 出かけるときにはほとんど見かけなかったボート類がたくさん出て、救助活動を行っている。この町のどこにこんなにボートがあったのだろうというぐらい。でも、釣りの餌を持って来たかどうかみたいな話をしている人もいた。自衛隊や消防のような公的な救助活動は全く見られなかった。

 枇杷島橋すぐ北側の庄内川堤防近くの名鉄の踏切を見に行くと、踏切がずっとなったままで、閉まっている。当然のことながら、いつまで経っても電車は通らない。強引に踏切をあげて通っていく車もある。そのためか、踏切の棒が折れている。

 この通りも旧街道なので、庄内川の堤防近くであるが、水に浸からなかった様子。

 本通りを通りながら水が来た方向(名鉄のある方向)を見ると、どの道でもボートが出て、救助活動が行われている。本通りは周囲より高い位置にあるので、ここと交わる道路は、坂道になっている。坂道の水際には人が集まり、そこが救援の起点になっている様子。ただし、名古屋駅に行くときと同じく、自衛隊や消防らしき人は全く見かけない。

 ボートはかなり出ていたけれど、それでも、救援に使えるボートが不足しているようで、捜しているようだった。また、避難所に食料がない、ということも聞こえてきた。福祉センター(避難所)にも水が浸かっていて、2階に避難しているが、食料もないので、そこから救出をしているみたい。

 本通りには水が来ていないが、そのすぐ裏には水が来ている。自宅は通りでも、駐車場は裏にあって車が水に浸かった人も、多い様子。

 庄内川の堤防に上って河川敷にある公園(リバーランド)を見ると、水がかなり退いたため、公園の地面が見える。しかし、本来池ではないところに巨大な池が出来ている。また、何もないはずのところに小屋があったり、あったはずの小屋が流されたりしている。木にはゴミがからみついて、ゴミの山になっている。アスファルト舗装された部分には、かなり深く泥がたまっている。いつもは堤防上を車が通っているが、今日は通っていない。

 新川町の方まで見に行くと、高岳製作所のある方向(名鉄の方向)は、かなり水に浸かっている。

 新川を見ると、新川橋の近くには、ゴミの大きな山が川の真ん中に止まっている。水はよくある増水レベルになっている。堤防の上には土がたまっていて、ここからも水が溢れていた?という感じ。

 堤防すぐ脇にある名鉄新川橋駅は、堤防と同じ高さにあるため、水は使っていない。しかし、駅の50mぐらい二ッ杁駅寄り(東側)からすぐに線路が水に浸かっていて、この先は水が見えるだけ。

 周囲のマンションも1階は水で埋まっている感じ。マンションの中の様子を救助活動をしている人が聞いていた。新川橋駅すぐ横にあるスーパーは、2m位は水に浸かっている。

 新川橋駅横の踏切は、全く動作していないが、ここも棒が一つとれている。

 自宅に戻ると、まだ電気は止まっているが、電話・水道・ガスは使える。電話は午前中よりはかかりやすくなったみたい。携帯電話の電波が不安定になっている。電気がないので、当然充電も出来ない。ガスは、止まっているエリアが多くてガス圧がおかしいのか、異常な燃えたかをするので、湯沸かし器は使えない。コンロは弱火にすると何とか使える。電気ポットは全く役立たず。冷蔵庫は、閉めておけば、あまり温度が上がらず、そこそこ冷えたまま。蚊取りマット類は、当然使えないので、蚊取り線香を使用。ただ、いつもより、ずっと蚊が少ない。ろうそくはあまり明るくない。太いろうそくは周囲まで溶けないので、だんだん芯が短くなっていき、火が小さくなる。水が出るので安心だが、出なくなっても、2000年問題の時に買った水があるので、当面はしのげるはず。食料類は、名古屋まで歩いて出れば何とでもなるので問題なし。

 今日の朝刊(日経)が夕方になって届いた。日経は、本通りにある中日新聞の販売店が配達している。朝日新聞の朝刊は届かない。

 西区の木前町辺りでは、ピーク時には、トラックの荷台の上10cmぐらいまで、水が来たらしい。夕方時点では、荷台の下20cmぐらいまで下がったとのこと。

 中電の人が付近に来ているのをを見かけたが、変電所が水に浸かっているため、何もできなかったらしい。

 夜は当然真っ暗。街灯も全くなし。外は中秋の名月。雨は完全にやみ、空に雲はほとんどなく、月がよく見える。月明かりで幾分は明るい。通りは静か。

 テレビが使えないので、情報はラジオのみ。FMでNHK総合テレビの音声を聞くが、画面がないので肝心なところが分からない。夕方ぐらいから自衛隊が堤防のせき止め作業に入る、というラジオ報道があった。

 新幹線は昼頃に復旧、JR在来線は、貨物線を使うことで、枇杷島・清洲・稲沢を通過するものの、夜には運行を再開したらしい。名鉄と異なり、JRはかなり土盛りをした上を走っているので、水に浸かっていないと思われる。名鉄は復旧見通しがたっていないとのこと。ガスは止まっているらしいが、少なくとも自宅ではなんとか使える。停電は、変電所が水に浸かっているので、回復のめどが立っていないとのこと。

 避難所の人にはおにぎりが配られたらしい。

 10時までの予定の災害報道番組の最後辺りで、この後、ポンプ車20台で、水の汲み上げ作業を行う予定という情報が流れる。


9月13日(水)

 今日は朝から晴れている。依然として、停電は復旧していない。街中の水は退き始めているが、駅周辺はまだかなり深く水がある。西枇杷島町の北部を通る国道22号線は通れるらしい。ただ、災害復旧用車両に限定されているとのこと。名鉄は栄生駅(新名古屋駅の隣)まで開通しているらしい。

 今日も名古屋駅に徒歩で向かう。昨日は本通りを車が通っていなかったが、今日は普段以上に通る。昨日の朝は西枇杷島町側では人があまり出ていなかったが、今日は朝から人が多く出て来ている。昨日と同じく買い出しらしき人も多い。

 名古屋市内(西枇杷島から見て庄内川の対岸側)は、すっかり平常通りといった感じ。車もいつものように通っている。栄生に着くと、ラジオでの情報通り、電車が来ている。電車はいつもより空いているが、名古屋駅に着くと、昨日とは異なり、駅は普段と同じ様な人混み。

 地下鉄も鶴舞線は庄内緑地・上小田井と水害の影響が大きいところを通っているにも関わらず、全線動いている。名鉄犬山線も上小田井から北は動いている様子。地下鉄で一部止まっているのは、名古屋ドームのある辺りだけらしい。

 地下鉄庄内通り駅から庄内緑地方面に向かう。コンビニで今日の中日新聞を入手。なんとなく、売っている紙パック類が少ない気がする。この後、庄内川を渡り、庄内川にかかる庄内川橋から新川にかかる新平田橋への道沿いを歩いていく。

 庄内川の水位は、すっかり平常通り。河川敷には、泥が残っている。この辺りも、かなり上の方まで草が倒れている。

 河川敷にある自動車教習所は、泥だらけ。車が全て水に浸かった様子。水に流され、泥の中に斜めに刺さっている車もある。教習所の建物は閉まっている。

 庄内緑地の建物は、高い位置にあるので無事な様子。地下鉄庄内緑地公園駅前のバス停でバスを待つが、30分ほど待っても来ない。バスは止まっている様子。この後も動いているバスは見かけなかった。

 この道沿いは、既に水が退いていて、車も通っている。途中にあるスーパー・ヤマナカは、被害にあっていない模様。通りを歩いて中心部に近づくにつれ、水の跡が高くなっていく。この通り沿いは、4,50cm水が入った様子。通りのほとんどの店は営業出来なく、店の中のものを外に出して掃除している。自販機も動いていない。銀行も社員が来て掃除をしていたり、完全に閉まっていたりする。庄内川と新川の中間地点あたりにあるコンビニ・サークルKは、少し高い位置にあるためか、多少掃除はしているようだが、営業している。庄内緑地あたりでは電気が通っているが、新川方向に向かうと停電しているところもある。

 この通りは通れるが、交差点から南(西枇杷島町方向)を見ると、まだ水が見える。この通り付近でも、新川の堤防近くには、まだ水が残っているところがある。堤防すぐ下の、運送会社の辺りは、オイルが水に混じって、いやなにおいがして、頭が痛くなってくる。運送会社のトラックは、まだ半分ほど水に浸かっている。

 新川堤防に上って新川を見ると、水は既に通常と大差ない。この辺りの堤防の上は、舗装されていない。堤防の上にも草が生えているが、水で倒れて、泥が付いている。決壊地点からかなり離れているが、堤防から水が溢れていたらしい。

 堤防から街中を見ると、一面水だらけ。水の量は、膝ぐらいまでになっているが、地面が見えているところはほとんどない。水の跡からみて、この辺りは2m近く水が来た様子。至る所に、完全に水没して泥まみれになった乗用車がある。民家では、自宅内の水をバケツで外にかき出している。ボートも見かけるが、水浸しの道路には、膝まで浸かりながらも、人がかなり出て来ている。避難していて人がいない、という雰囲気ではない。

 堤防はどこまで行っても、草が倒れ、泥が付いている。新川全体から水が溢れていた感じ。ただ、堤防の土が軟らかくなっているという感じは、あまりしなかった。土嚢も積んでいない。

 しばらく南に行くと、ポンプ車がたくさん堤防上に並んで、ホースを街中から新川へ伸ばしていた。ホースの用意をしたりといった、明らかに準備中のポンプ車もあったが、大半は、ホースの準備もできているが動かしていない、という状態。ポンプ車の数の割には、作業員が少なく感じられる。ホース1本に1人いるかどうかといった感じ。人がいないポンプ車もある。

 南に行くにつれ、ポンプ車の数がどんどん増えてくる。ただ、どれも動いていない。

 決壊地点の北側にある橋に着くと、橋の上には巨大な土嚢が大量に積み上げられている。橋には大きなダンプカーなども並んでいる。ここに来て初めて、自衛隊の人を見た。作業を待っているようだった。

 決壊側の対岸の堤防は、トラックが頻繁に行き来している。こちら側の堤防は、舗装されている。ここの堤防上も水が溢れていたのか、アスファルトの上には、全体的に土が付いている。

 決壊地点では、巨大なショベルカーが両側から堰き止め作業をしている。100m近く決壊したとのことだが、50mぐらい修復できている。街中の水位の方が新川の水位より高いらしく、堤防の切れている場所から、非常に強い勢いで、水が街中から新川の方に流れている。決壊地点の対岸では、東海テレビが取材中。

 決壊地点の対岸は、なぜかその地点だけ堤防が外側に曲がっている。舗装もされ、ガードレールもあるので、大水で削られたわけではない。近くには大きめの用水路(川かもしれない)の大きい水門もあり、その先が決壊地点。対岸は改良工事がまだ行われていなかったが、決壊地点は、改良工事が終わっていた、という話を人づてで聞いた。

 決壊地点の南側にある、国道22号線は、災害復旧用車両専用になっていて、頻繁にトラックなどが行き来している。この道を通れば西枇杷島町を抜けて庄内川に出られるのではと思ったが、周囲より一段高い道路であるが、それでもまだ一部水が残っていて、濡れずに通ることは出来そうになかった。

 来た道を引き返す。橋には既に自衛隊はいなくなっていて、土嚢のみが残されている。来た堤防沿いを戻っていくと、ポンプ車がまだ待機している。行きには動いていなかったが、帰りには1本動いていた。ポンプ車のホースの幅(直径)は30cm位だろうか。ポンプから出る水量を見ると、これが20本動いたところで、堤防の切れ目から逆流してくる水量には全くかなわない感じ。

 庄内緑地へ戻る道の途中にある店は、ほとんど休業しているが、ヤマナカは平常通り営業している。商品も豊富にあり、平常と変わりない。帰る途中、CBC自動車学校の送迎用バスが走っていた。人は乗せていない。教習所が泥に埋まっているのに、なぜ走っていたのかは不明。

 地下鉄庄内緑地公園駅も通常通り。駅に水が入った様子はない。

 名古屋市中心部の栄に行く。この辺りの人通りは普段と変わらない。もう水に浸かった場所以外は平常通り。歩いていると、所々で、西枇杷島の話題が聞こえてくる。

 栄のダイエーで、ろうそく・懐中電灯類を探す。防災用品のコーナーがあるわけではないが、ろうそくは、100円ショップのパーティー用キャンドルのコーナーに大きなものがあり、災害時用の代用になる。懐中電灯も、プライベートブランド品が安く売られている。

 栄から名古屋駅まで歩きながらコンビニに数軒入るが、やはり、紙パック類が少ない。共同乳業(名糖)が西枇杷島にある影響かも。

 名古屋駅で、電池で使える蚊取りマット器を探すが、どこのドラッグストアにもない。こういう日に限ってなぜか、名古屋駅の東急ハンズが臨時休業。

 名古屋駅周辺の店を回り、ツクモでテレビをつけているパソコンを発見。久しぶりにテレビニュースを見る。決壊現場などの中継をしている。ヘリコプターからの映像では、町はまだほとんど水の中。パソコンショップの店員に西枇杷島町の人がいるらしく、そちらの話をしているのが聞こえてくる。

 午後3時頃名鉄新名古屋駅に行くと、振り替え輸送をしているらしい。名古屋から岐阜方面はJR、豊橋方面は名鉄、犬山方面は地下鉄経由となっている。昨日のように貨物線を使って、ということではないらしい。JR名古屋駅に行って、駅員に聞くと、枇杷島駅も停車しているとのこと。素早い復旧に驚きながら振り替え切符をもらう。枇杷島行きと印刷された古い分厚い紙の切符。これを改札で見せる。昔のように、切符を切ることはない。

 電車に乗って枇杷島方面に向かう。庄内川を越え、西枇杷島に入ると、辺りはまだ水浸し。なんだかいやな雰囲気。枇杷島駅に着いてホームから周囲を見ると、まだ、かなり水が深く残っている。他の乗客も窓側に来て、外の様子を見ている。僕と同じく枇杷島駅で降りたサラリーマン風の数人が、驚いた様子をしている。

 ホームから改札に向かう地下道は、まだ、ひどく濡れていて、ポスターをはがしたり、清掃作業をしている。天井も濡れているので、地下道全体に水が入った様子。

 改札を出ると、やはり、駅の周囲一面水だらけ。水がないのは、駅の周囲20m程度。先程の乗客もちょっと苦笑いをしている。駅すぐ近くの坂にはボートが出ている。枇杷島駅から二ッ杁方面にはどうやっても行けない。遥か彼方まで水がたっぷりあるのが分かる。JRづたいに新川堤防に出られないか歩いてみるが、やはり無理。避難所の一つ西枇杷島中学が見えるが、水の中に建物が浮かんでいるといった感じ。

 せっかく開通したが、引き返して歩き直すしかない。枇杷島駅で振り替え切符をもらってホームに戻ると、先程の乗客も戻ってきた。今度の振り替え切符は薄い紙切れ。

 電車に乗ると、他の乗客はやはり、街中の様子に驚いている。電車から変電所を見ると、やはりまだ水に浸かっている。

 名古屋駅から栄生まで名鉄に乗り、そこから徒歩。名鉄西枇杷島駅の陸橋付近は、昨日と比べてかなり水が退いている。昨日はホームの表面しか見えなかったが、線路の表面が見えている。本通りを歩きながら、線路方向を見ると、まだ水がかなり残っている。二ッ杁駅付近はまだまだといった感じ。

 自宅に戻ると、やはり、停電からまだ回復していない。今日は夕刊もちゃんと届いている。明るい内に新聞を見ておく。昨日はさほど感じなかったが、今日の水道水はかなりカルキがきつい。停電から1日半程経つが、冷蔵庫のペットボトルのお茶は、まだ冷えている。

 自宅の前がひどく渋滞している。昨日はほとんど車が通らなかったが、今日はいつもより遥かに交通量が多い。前の方で無理をしてつかえている車があるらしい。本通りを歩いてくる間にも、そういう車を2,3台見かけた。この数台の影響で、ほとんど車が動かなくなっていた。

 昨日は見かけなかった救急車を、今日は何度か見かける。避難所の人ではない模様。しかし付近の救急病院は、全て水に浸かっている。

 今日も公的機関の人らしき人物を自宅付近では見かけなかった。西枇杷島町の北部には来ているらしい。実は昨日、家が水に浸かった被災者のための炊き出しを、町内会の人たち(本通り沿いなので水に浸かっていない)が行ったらしい。その話を知らなかったので、ボランティア参加できなかった。

 昨日は避難所におにぎりが配られたと聞いていたが、今日の夕刊によると、西枇杷島町の避難所にはほとんど物資が届かなかった、避難所に来た人は二日間で与えられたのが乾パン3枚と水半カップだった、とのこと。おにぎりが配られたところは、近くにあるお弁当工場関係による差し入れだったらしい。

 一方、名古屋市の避難所では、ちゃんと物資が届けられたという話。豪雨で物資の一括配達が困難になると、職員が動員されて各避難所に直接運び込んだとのこと。避難所は西枇杷島と同じように水が入ったらしい。

 ラジオを聴いていると、堤防の堰き止め作業が完了したとのこと。

 今日も晴れていて、月がよく見える。本通り側は、車の交通量が多いのと、渋滞しているせいで、車のライトで普段より少し暗い程度。しかし、停電中のため、まだ街灯すらついていない。

 大雨の後から、虫が少なくなった気がする。


9月14日(木)

 夜12時30分(午前0時30分)頃、夜遅いので車もほとんど通っていない道路で、数人の人の声がする。何かの作業を行っている様子。すると突如、「バン」という音と共に、電気がついた。電気が復旧したらしい。停電してすぐに、電気製品のスイッチをOFFにしたつもりだったが、結構多くのスイッチが入ったままになっているので、スイッチを消して回る。道路に出て周囲を見ると、電気がついているのは、自宅の周囲10軒ぐらいだけ。街灯も2,3本しかついていない。他は真っ暗。なぜ自宅周囲だけついているのか分からないが、まだテストしているだけの可能性もある。他の家の人も外に出て来て辺りを見ている。

 とりあえず、停電で止まったパソコンが正常に動作するか確認するために立ち上げる。正常に動作。動いている間にと思い、ネットにアクセス。

 結局、夜の間ずっとネットアクセスをしていたが、再び停電になることはなかった。現在のひまわりの画像もネットだとすぐ手に入るので、今後の天気が心配なだけにありがたい。

 12日の午前6時頃(停電前)、東京在住の西枇出身の友人に送ったメールの返事が来ている。その返事のメールは、12日の午後2時ごろに出されたものだが、それによると、彼の実家では、通常の電話は使えたが、ISDNは、使えなかったらしい。また、西枇杷島町でも本通り付近の情報が、東京では全く入ってこないとのこと。

 マスコミを通じてでは、現地に住んでいるのだが、地元の情報が手に入ってこない。テレビは停電でつかないし、新聞にも二ッ杁周辺のことはほとんど乗っていない。NHKが名鉄西枇杷島駅付近の陸橋で中継していた以外は、マスコミのほとんどは西枇杷島町北部か決壊地点にいたようなので、報道されている地域はごく一部。

 朝、テレビでニュースを見ると、名鉄も正常通り動いているとのこと。昨日の夜11時前ぐらいには、動き始めていたらしい。ただ、低いところではまだ一部水が残っている模様。

 昼ごろ郵便受けを見ると、近所の銀行と新聞販売店のタオルが入っていた。

 今日も非常にいい天気。昼過ぎに周囲の様子を見に行く。水の入ったところでは、活発に後片づけが行われている。住んでいる人が全て出て来ているといった感じで、道が人で溢れている。通常ゴミを出すときの町指定の袋が、それぞれの家の前に積み上げられ、また、公園には、背丈以上の高さまでゴミが積み上げられている。タンスや畳なども道や公園に出されている。どういう人なのかは分からないが、公園のゴミ収集で指示を出している人がいる。公園にゴミを集めるよう広報もしている。

 いつも新川の水はかなり臭うので、水が退いた後はくさいのではないかと思っていたが、そういうにおいは全くない。ただ、至る所泥が残り、土埃のにおいがする。街全体が土っぽい。人の表情は、決して暗くはない。予想以上に速いペースで片づけが進んでいる。ゴミ収集車は来ているが、とてもさばききれる量ではない。一向に減っていく気配無し。

 新川橋駅横のスーパー辺りから新川病院のある辺りは、かなり深く水が入った様子。ゴミなどで混み合っていて、このスーパーまで近づけなかった。生け垣などには水の入ったところまで泥が付いていて、水が付いていない部分と葉の色が違う。泥の境目は、背丈以上、2m位はあると思う。水はもう完全に退いている。地面もほとんど乾いている。もちろんこの通りの店は営業していない。美容院では店の中のものを出して掃除している。

 通りをまっすぐ行き、交差点を渡って西枇杷島町側に入ると、たばこ屋の前で、調査員らしき人物を見かける。町の職員かと思ったら、NHKの腕章。たばこ屋の人を建物の外から呼んでいた。どういう調査をしていたのかは分からない。

 二ッ杁神社の前に出て、本通り方面に歩く。どこも人が多く、ゴミも積み上げられている。粗大ゴミより、ゴミ袋に入れられたゴミの方が多く出ている感じ。ゴミで狭い道は通りづらくなっている。土壁の家は、壁がひどくはがれている。

 人の表情は、明るく感じるぐらい。色々なところで人が集まって話をしている。泥の付いた荷物を水で洗い流しているところが多い。

 新川の堤防に向かうことにし、本通りを通って、高岳の方面に出る。名鉄の線路は、泥が付いて白くなっている。横にある公園にも、ゴミが集められている。高岳の塀にも、水の跡がくっきり残っていて、やはり、背丈ほどはある。高岳前の電器店も、店の物を出して掃除中。車が頻繁に通る。

 新川の堤防も、車が多い。が、西枇杷島町側の堤防の、新川町役場前にある橋より北側に行くと、ほとんど車は通らない。人通りもまばら。堤防から横の街中をみると、まだ道路が湿っているところがある。どこもゴミを出している。新川の水は、普段と同じ。水が少しきれいかなといった違いしか感じられない。

 JRの下辺りに来ると、堤防が少し低めになっている。が、それでもJRの橋まで2mもない。JRは、現在の新川堤防ぎりぎりの高さで橋が架けられている。在来線・新幹線共に大差ない。少し高い位置にあるのは、比較的最近出来た、城北線だと思う。頭すれすれの高さのガード下をくぐって、先に進む。

 途中、被災した民家を取材していた。ビデオカメラは持っていたが、テレビ局の腕章のようなものは付けていなかった。堤防の下には、泥だらけの車が多い。どうやって動かしたのか、堤防の上にも、天井まで泥が付いた車が置いてある。堤防の上にも家財道具が出ている。見た感じでは、おそらくゴミになってしまったものが大半だと思う。

 県道は渋滞している感じ。国道22号が、災害復旧用車両専用になっているからだろうか。信号はまだ点いていないと思ったが、記憶違いかもしれない。

 国道22号は、空いているが、大型トラックが頻繁に通る。

 決壊地点は、しっかりと閉じられて、新しい堤防が出来ている。土嚢で固めたのか、全体的に白く見える。昨日と同じく、ショベルカーは動いているが、昨日は大量に来ていたダンプカーは、もうほとんど見かけない。ポンプ車も当然無い。人影はまばら。

 国道22号を通って、西枇杷島町の街中へ向かう。この辺りは猛烈にほこりっぽい。風も強く、目に土が入ってくる。国道から下を見ると、まだ一部水が残っているところがある。電気は全く通じていない様子。人が出て、交通整理をしている。道を降りても、やはり、猛烈にほこりっぽい。

 どこでも、荷物を外に出して、水洗いをしている。書類などもひもで縛って大量に置いてある。中古車販売店は、完全に水に浸かってしまったのか、置いてある中古車全てが泥だらけ。人影はない。街中は確かに泥だらけで動かなくなった車が多いが、上手く避難できた車も多いのか、きれいな車もかなり多く見かける。

 自販機類は、当然どこも動いていない。泥だらけの自販機が運ばれていくのも見かける。ほこりっぽいだけに、飲み物が買えないのが大変。

 所々にある水田の稲は、土が穂までしっかり付いてしまっている。

 カレーハウスCoCo壱番屋の前を通る。この店が、ココイチ一号店。何人も人がいて、作業をしている。

 この地域で最も大きいスーパーのヤマナカも、かなり水に浸かった様子。庄内緑地近くの店のように、すぐに営業は出来ないみたい。近くにあるスーパーナフコは、人が非常にたくさんいて、店内の品物を運び出して、おそらくゴミとして積み上げている。

 この辺りは、1m以上水が入った感じ。道は本通り周辺より広いので、ごみごみした感じはない。ただ、まだゴミが二ッ杁周辺のように出ていない感じ。

 変電所付近も塀に1m以上の高さに後が付いている。木などと違い、コンクリート製の塀には、あまりしっかりと跡が残っていない。変電所横の、JRの下にあるトンネル付近は、2m位水が入った様子。低いトンネルではあるが、トンネルより上まで水の後がある。この辺りは、まだ水で濡れている。トンネルの前で見ていると、調査をしているらしき人が来て、「この辺りが一番深いですね」というようなことを話しかけてきた。何人かで調査をしている様子。僕の見た範囲では、他にも、新川橋周辺・西枇杷島中学校から二ッ杁に続く道辺りもかなり深く水が入ったと感じられる。

 トンネルを抜け、JR枇杷島駅方面に坂を上っていくと、坂の上の角のところに、何でも相談所と書かれたテントがある。共産党がやっているらしい。お茶も用意してある様子。だが、相談に来ている人はいない。この様な相談所のようなものを見たのはここが初めて。

 JR枇杷島駅前から明治チューインガムの横を通って、二ッ杁方面に向かう。隣にある三菱重工の社宅横の生け垣の葉に、くっきりと土の跡が付いている。二ッ杁近くまでの広い敷地にそって、土の跡がほぼ同じ高さで残っている。2m位水があった模様。

 二ッ杁駅周辺もかなり水が浸かったようで、駅は50cm程高いところにあるが、そこのコンビニも荷物が出され、ひっそりしている。西枇杷島駅同様、ホームの上まで水が来たようで、ホームの上にも土が付いているのが見える。

 二ッ杁から本通りに行く道は昔からの道で細いので、多く出されたゴミで、通り抜けるのが困難。ゴミが山のようになっている。街中をずっと通ってきたが、やはり、この周辺の人が一番元気がいい。

 いったん自宅に戻る。至る所で清掃のために水を使っているせいか、水の出方が悪い。本通りの方から、「何も食べてない」という会話が聞こえてくる。

 この後、河川敷に向かう。河川敷もほぼ水が退き、巨大な水たまりも、もう消えている。だが、本来アスファルトのところは、深く泥がたまって下が見えない。リバーランドという名前の公園だったところだが、ただの泥だらけの平面といった感じ。泥が深そうなのであまり近づけない。近づこうとすると、足がずぶずぶのめり込んでいくので、コンクリートブロックの上を一個一個飛びながら伝っていく。ここ2日間、非常にいい天気だが、それでも乾いているのは、泥が数ミリのところまで。1cm程度のところでも、まだまだぬるっとして乾いていない。

 この後、二ッ杁に向かう。水に浸かった家は、どこも畳を出している。そこら中で畳のにおいがする。二ッ杁郵便局もかなり深く水が入り、機械や書類などを外に出していた。

 二ッ杁駅に行き、電車に乗る。運転再開を実感。他の乗客は、窓などから土まみれのホームや街を見ている。

 西枇杷島駅周辺も似たようなもの。駅前のコンビニCoCoストアは、店内の荷物を出している様子。この付近も、道路の至る所にゴミが出してある。西枇杷島駅のホームも土が付いたまま。遮断機も水に浸かったはずだが、正常に動作している。犬山線と交わる待避線の辺りの線路に囲まれた場所は、まだ水が少し残っている。ここは元々水がたまりやすい。

 名古屋駅はすっかり普段通り。ただ、JRが豊橋方面でまだ止まっているらしい。コンビニに寄って500ccの紙パックのお茶を買おうとするが、どこにも置いていない。パンなども少な目。

 パソコンショップに置いてあるPHSのインターネット体験コーナーを見ると、13日の新聞記事のコピーが既に貼ってある。水害で携帯よりPHSのほうがつながり易かった、という内容のもの。

 大学周辺は起伏が激しいので、豪雨で水が激しく流れたらしく、至る所に土やゴミがたまっている。12日に名古屋駅に行く途中で見た光景と同じ。研究室のある建物は、少し強めの雨程度でも、建物の玄関内に水が溜まるので、当然水が溜まったようで、ここにも土が溜まっている。

 友人に地元の状況をネットで伝えるために、付近で撮った写真をスキャナーで取り込む。慣れていないこともあり、かなり時間がかかる。その割りに出来はよくない。

 夜9時ごろ学校を出る。帰りにコンビニでパンやペットボトルのお茶を買って帰ろうとするが、パンがほとんど棚から消えている。ペットボトルのお茶はあるが、行きと同じく、紙パックの500ccのお茶は、見あたらない。

 電車に乗って庄内川を越えると、真っ暗。西枇杷島駅辺りから電気がつくのではと思いながら進んでいくが、二ッ杁に至るまで、真っ暗。駅以外、電気はない。二ッ杁を出て辺りを見渡すと、駅横の工事事務所のようなプレハブには電気がついている。三菱の社宅にも電気が来ていない様子。晴れているので、道は月明かりで結構よく見える。暗い中を歩いていくと、本通り近くで電気が来ているのか、街灯がついている雰囲気。通りに出て確認すると、電気がついているのは、新川町の信号のある交差点から、二ッ杁神社前の道と本通りとの角にある本屋まで。距離にして200m程度の範囲だけ。本通りから一本入った道ぐらいまでは、電気が来ている。

 須ヶ口も水が入ったが、ナフコは既に営業しているらしい。被災した各家庭に1本ずつ、消毒液が配られたらしい。今回の災害での特別措置として、ゴミの分別は行う必要がないとのこと。粗大ゴミも含めて全て単なるゴミとして出せる。

 昨日は自動車で溢れかえっていた本通りも、今日は静か。県道を通ることが出来るようになったので、車がそちらに流れているらしい。多くの場所にはまだ電気が来ていないので、渋滞している車のライトで明るかった昨日より暗いぐらい。


9月15日(金)

 今日も天気がいい。北二ッ杁の神社前あたりでは、復旧作業が急ピッチで進んでいる様子。近所の人が集まって、畳を数人がかりで道路に出している。かなり重たいみたい。この地区の人は元気がいい感じがする。

 しかし、被害はかなり深刻。1m30cmぐらいは水が入ったようで、平屋建ての家の土壁がぼろぼろ。ひどい家では、家の中まで見えるほど。お寺の前の細い道は、ゴミで通れなくなっているので、二ッ杁神社前の道から二ッ杁駅に向かう。

 神社前では、水に浸かった乗用車が、運搬車に乗せられている。かなり上まで水に浸かった跡があるが、自力で運搬車に上っていた。この道から小道を通って、先程通れなかった細い道に出る。

 この辺りでは、ペットの犬が既に元通りになっている家もある。水害前は猫もよく見かけたが、猫はまだ見かけない。

 以前ふたば幼稚園のあった現在駐車場の横辺りでは、濡れた畳が積み上げられている。線路沿いの、桜の木の辺りは、民家でないこともあって、ゴミが出ていない。

 二ッ杁駅の建物は、名鉄の社員寮になっているらしいが、その1階の広い部屋に、住人らしき人がたくさん集まって、浸水した部屋の掃除をしている。駐車場には、きれいな車もあれば、上まで泥だらけの車もある。

 二ッ杁駅の建物にある店は、復旧作業が全く行われていない感じ。駅の向かい側では、復旧作業をしている店が多いが、手が着かないといった雰囲気の店もある。

 普段薬を買っている薬局が水に浸かった影響で営業していないので、名古屋駅まで頼まれた薬を買いに行く。薬は、他の類似商品を買う、というわけにはいきにくい部分があるので、指定された品を探して薬局を渡り歩く。

 途中、コンビニに寄りながら、500ccの紙パックのお茶を探す。やはり、どこにも置いていない。名古屋駅近くのサークルKで冷蔵庫を見ると、「水害の影響で、一部の商品が入ってこない」という内容のことが書いてあった。パンもあまり置いていない。棚がすかすかに空いている。

 薬局回りを、名古屋駅の地下街から始めて、その手の店が多そうな大須も探し(結局は、漢方の店ばかりで役に立たなかったが)、栄まで渡り歩き、途中、松坂屋近くの小さい薬局で、頼まれた薬が置いてありそうな店を教えてもらい、ようやく入手。テレビ宣伝しているような有名商品ならばどこでも手に入るが、マイナーな商品だったようで、入手が非常に困難だった。

 栄のダイエーを回ってから名古屋駅に戻り、名古屋駅地下街のパン屋・カスカードに行く。いつも買うパンを買おうとするが、置いていない。店員の「焼き上がりました」という威勢のいい声はするし、棚もパンであふれているが、よく見ると、同一商品が棚の大部分を占めていて、数種類しかパンがない。そういえば、この店のパン工場も西枇杷島方面にあったはず。以前新聞にパート募集のチラシが入っていた。

 暗くなってから、電車に乗って二ッ杁に向かう。庄内川を渡ると、西枇杷島側にも電気が点っている。電車の中から外を見続けるが、一部だけついているわけではない。復旧した様子。ただ、電気が点っていない家も少なくない。ついていても2階だけ。1階が点いているところは、ほとんど見かけない。全体的には暗い感じ。一階は窓などを開けっ放しにしている家もある。

 二ッ杁周辺もちゃんと点いている。街灯もいつも通りになったが、一ヶ所だけ点いていない街灯がある。本通りで眺めても、遠くまでちゃんと電気が点いている。

 この付近の災害ゴミは、多くは道路に置かれたままだが、少し減った感じ。庄内川河川敷のリバーランドに収集することになっているらしい。  テレビニュースによると、今日から国道22号線も、災害復旧用車両専用でなくなり、一般車両も通れるようになったらしい。

 ニュースによると、自衛隊が道路の消毒をしているとのこと。自宅から二ッ杁あたりでは、そういう気配はまだない。

 須ヶ口のナフコはやはり既に営業していて、この付近の人がかなり多く買い物に来ていたとのこと。


9月16日(土)

 今日は雨。朝7時少し前に家を出ると、少し降っている。人通りはほとんどない。水が退いたすぐ後にはあまりに臭わなかったが、だんだんゴミのにおいがするようになっている。

 住宅が多い名鉄の南側一帯は、道路にゴミが出ているが、二ッ杁から枇杷島駅に行く、三菱重工の横の通りにはあまりゴミは出ていない。

 一度家に戻り、9時頃出かける。名鉄電車の中から西枇杷島駅周辺を見ると、ゴミ収集車が来ていて、道路に出されたゴミを回収している。

 名古屋から大阪に向かう。

 大阪の難波から南海電車に乗っていると、周囲の住宅よりかなり低い位置を電車が走っているので、大雨の時の排水はどうなっているのかが気になる。

 大阪のコンビニでも、500ccの紙パックのお茶を探す。やはり、全くと言っていいほど存在しない。愛知県が主体のコンビニ・サークルKに入ったら、石川県の工場のお茶パックがあった。パッケージは共同乳業ではないと思うが、レシートには、「キョウニュウ」と表示されている。

 夜、大阪駅近くのコンビニ・ampmに行ったら、名糖(共同乳業)のお茶パックがあった。製造所記号が、「BG」。どう考えても、西枇杷島の名糖(共同乳業)の工場のもののような気がするが、賞味期限が、9月27日。製造からどれくらいの期間が賞味期限内なのかは知らないが、水害前に作ったものだとすると賞味期限が長い気もする。でも、西枇杷島工場のものとしか考えられない。まだ動いているとは思えないのだが・・・。

 大阪のホテルでチェックイン時に、住所を「西春日井郡西枇杷島町・・・」と書いたら、「にしかすがいぐんというのは、どこの県ですか?」と聞かれる。水害直後であるが、「西枇杷島町」という地名は、世間ではほとんど知られていない様子。

 ホテルでテレビを見ると、オリンピックで金メダルをとった、というのを大々的に放送している。その合間のニュースをちらりと見ると、「決壊」というような言葉が耳に入ってきた。あわててテレビを見ると、新川の堤防が再び崩れ、周辺に避難勧告が出ているとのこと。

 自宅を出るときにはあまり雨は降っていなかったし、大阪でも小降りなので気にしていなかったので、何が起こったのか不安。


9月17日(日)

 大阪は朝から晴れ。夜11時過ぎに名古屋に戻る。名古屋も雨は降っていない。

 名鉄から西枇杷島町内を見ると、電気が点いている家が増えている。ところどころ、一階にも点いている。

 ゴミはまだ道に多く積みあがったままだが、少しずつ減っている。臭いがいくらか気になる。

 雨が降ったはずだが、道路表面の土はほとんど減っていない。木に付いた泥も、全くと言っていいほど変化無し。


9月18日(月)

 今日は晴れている。昼前ぐらいに出かける。二ッ杁までの間は、少しゴミは減っているが、まだまだ大量にゴミが積み上げられている。人通りはほとんどない。出ている人の表情も、水害直後より暗い感じ。水害前にいた野良?猫が、元の場所に戻ってきている。

 名古屋で大型書店をまわる。水害関係のコーナーがあるかも、と思ったが、どこにもない。

 学校に行き、水害後の写真をスキャナーで取り込む。やはり、かなり時間がかかる。

 夜11時過ぎに帰ってきたら、二ッ杁から自宅辺りまでを見た限りでは、道路のゴミが全く無くなっている。昼間に業者が来て、全て持っていったらしい。しかし、ゴミの臭いはまだ幾分残っている。

 数日前から道路の消毒を行っているとのことだが、直接その場面を見たことはない。が、本通りでも新川町のほうでは、消毒液のにおいがしたとのこと。二ッ杁から歩いてきた範囲では、消毒液のにおいはしなかった。

 消毒液が各家庭に一本ずつ配布されているらしいが、それだけではとても足り無いらしく、近所の薬局に買いに来るみたい。しかし、薬局でも入荷出来無いらしく、結局入手出来ないとのこと。

 新聞によると、自動車の修理台数が非常に多いため、代車として全国からレンタカーを取り寄せているが、全然足らないとのこと。


9月19日(火)

 二ッ杁周辺は、昨日の夜にはゴミが無くなっていたので、今日はもうゴミは見あたらない。新たに出ている様子もない。ただ、西枇杷島駅周辺では、まだ、ゴミが山のように残っている。

 写真の撮影場所を示すために使う、西枇杷島町周辺の地図を手に入れるために、名古屋の書店をまわる。

 被災地域が分かり易い縮尺が小さいものを探すが、被災した範囲がかなり広いため、適当な地図が見つからない。特に、細かい部分まで分かる1万分の1地形図は、置いてある店自体が少ない。また、三省堂・丸善・紀伊国屋などの大型書店でも、西枇杷島町が含まれる地図は、その地図だけ、ほとんどの店で売り切れ。

 名古屋駅から栄にかけるエリアの、全ての大型書店をまわり、最後に入った栄地下街の丸善ブックメイツで、1部のみ発見。この地図のタイトルが「甚目寺」となっていて、タイトルを見ただけでは、具体的にどこが範囲になっているのか分かりづらい。

 地図を買って表面を見ると、平成6年発行・平成5年現地調査となっている。地図の中身を見ると、既に撤退したスーパーが載っていたり、移転したスーパーも昔の位置のまま。病院も名前が変わっていたり、橋の付け替えで付近の様子が変わっていたりと、7年前の測量なのに、予想以上に目印となる場所に変化がある。 2万5千分の1地形図の方は、大型書店なら、どこにでも置いてあった。こちらは、品切れということもない。

 学校に行って、地図をスキャナーで取り込む。地図はかなり大きいので、A4サイズのスキャナーでは、一部分しか取り込めない。また、細かい表示も分かるように、きれいに取り込もうとすると、ファイルサイズが非常に大きくなる。


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