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2001.1.1 

日本におけるアスベスト問題の状況と
石綿対策全国連絡会議の取り組み


English is here

ブラジル世界アスベスト会議で報告されたもの)

石綿対策全国連絡会議(BANJAN)


古谷杉郎(全国労働安全衛生センター連絡会議)
永倉冬史(アスベスト根絶ネットワーク)
名取雄司(労働者住民医療機関連絡会議)
中地重晴(環境監視研究所、被災地のアスベスト対策を考えるネットワーク)

136-0071 東京都江東区亀戸7-10-1 Zビル5階
全国安全センター気付
FAX +81-3-3636-3881
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1. 日本におけるアスベストの使用状況

日本は世界中で最大のアスベスト消費/輸入国のひとつです。

日本は1890年代にアスベストの輸入を始めるようになりました。第2次世界大戦中に、アスベストの輸入は中止され、政府は、国内のアスベスト鉱山の開発を奨励しました(約50鉱山)。しかし、それらの鉱山は現在ではひとつも操業していません。例外は北海道の富良野で、ここではボタ山からわずかな量のアスベスト繊維を取り出しています。日本で消費するアスベストのほとんど全てが外国から輸入されています。

アスベスト輸入量は、1960年代、1970年代の日本の経済成長の時期に増大しました。1974年に、年間輸入量は352,110トンで、ピークに達しました。しかし、世界的な潮流に従って、日本のアスベスト産業は、クロシドライト(青石綿)については1988年以降、アモサイト(茶石綿)については1993年以降輸入を中止しました。一方法律的な動きとしては、1995年に、労働省が労働安全衛生法施行令を改正し、クロシドライトおよびアモサイトの製造、輸入、供給および使用を禁止しました。これ以降、日本では、クリソタイル(白)アスベストのみが使用されています。

不況の影響により、1989年以降、アスベスト消費量は継続的に減少してきています。しかし、他の工業化諸国と比較すると、日本の消費量は今なお著しく/途方もなく高いままです。

1999年に、日本は117,143トンのアスベストを、カナダ(59,146トン、50.5%)、ジンバブェ(24,392トン、20.8%)、南アフリカ(13,302トン、11.4%)、アメリカ合衆国(6,835トン、5.8%)、ブラジル(6,359トン、5.4%)、ロシア(4,674トン、4.0%)、他(2,435トン、2.1%)から輸入しています。

アスベストは耐熱性、引っ張り強さのような多くの興味深い特性をもっていることから、日本ではそのピーク時において3,000種類以上の用途に使用されていたと推定されています。最近では、アスベストはそのほとんど(95%以上)が、アスベスト・セメント製品などの建材に使用されています。

1996年の日本石綿協会のレポートによると、日本は188,500トンのアスベストを輸入しています。このうち、42.1%が平板スレート(75,100トン)、20.6%が波形スレート(36,800トン)、18.4%が押出成形セメント板(32,800トン)、5.2%がバルブ・セメント板とスラグ石骨板(9,300トン)、4.3%が石綿セメント・サイディング板(7,600トン)、2.4%が他の建材、2.9%が自動車用摩擦材(5,200トン)、1.4%がジョイント・シート(2,500トン)に使用されています。


2. アスベスト関連疾患および補償

日本では、最初の石綿肺のケースは1937年に、アスベスト曝露による肺がんは1960年に、中皮腫は1973年に報告されています。それ以来、アスベスト関連疾患は、アスベスト製品製造工場だけでなく、造船、港湾、自動車製品工場、建設現場その他において、報告されてきています。

しかし、大量の消費や広範囲にわたる用途にもかかわらず、この致死的な物質によって死亡する被災者の数は、驚くほど低いレベルにとどまっています。

1995年以降、人口動態統計(厚生省が作成)によって、日本における中皮腫の死亡者数がわかるようになりました。これによると、死亡者数は、1995年に500件、1996年に576件、1997年に597件、1998年に570件となっています。これは、年間100万人当たり5-6人であることを意味しています。中皮腫のケースのほとんどがアスベストによるものであり、また、中皮腫1件につきアスベスト関連肺がんが1-2(あるいはそれ以上)と言われています。したがって、われわれは、日本では毎年、数千件のアスベスト関連の死亡が発生しているものと推測しています。

これらの数字は、過去に専門家によって推測されていたよりはかなり高いものの、現在の西側諸国におけるデータと比較すると、なお大いに低いものです。専門家によると、日本におけるアスベスト関連死の相対的に低いレベルは、アスベスト消費の遅れてきた増加によるものです。彼らは、この物質の長期的な蓄積効果によって、この数字は、すぐに西側諸国に追い付き―将来的には追い越してしまうだろうと警告しています。

私たちは、日本における状況はきわめて深刻であると考えています。しかし不幸なことに、政府は十分な取り組みをしようとしてきていません。被災者やその家族に対する支援ですら、不十分なものです。

被災者が罹患したアスベスト関連疾患がアスベストに曝露する仕事によるもの(すなわち、職業性アスベスト曝露)であれば、彼/彼女(もしくは遺族)は、労働者災害補償保険制度から給付を受けることができます(**頁参照)。アスベスト関連肺がんおよび中皮腫の年間の補償件数は、1984年以前は10件未満、1985-1991年は10-19件、1992-1997年は20-29件、1998年は42件となっています。石綿肺に関するデータはなく、じん肺に関するデータに石綿肺の被災者が含まれています。毎年千件以上のじん肺被災者が、新たに補償を受けています。しかし、こうした数字は、前述した死亡件数の推定よりもはるかに低いものです。

補償を受ける資格のある被災者の非常に多くが、行政機関,使用者、医師たちから情報を与えられないまま放置されているのです。


3. 石綿対策全国連絡会議とアスベスト規制法

石綿対策全国連絡会議は、1987年に設立されました。この組織は、労働組合、市民団体、労働安全衛生グループおよび関心を持つ個人によって構成されています。1986年に採択された、アスベストの使用の安全に関する国際労働機関(ILO)の第162号条約は、これらの組織が団結するひとつの契機となりました。メンバーになっている労働組合には、全日本自治団体労働組合(自治労)、全国建設労働組合総連合(全建総連)、全日本造船機械労働組合(全造船機械)や全日本港湾労働組合(全港湾)などがあります。加盟市民団体としては、日本消費者連盟やアスベスト根絶ネットワークなど。労働安全衛生グループには、全国労働安全衛生センター連絡会議とそれに加盟する地方の労働安全衛生センター、労働者住民医療機関連絡会議などがあります。


石綿対策全国連絡会議は、その設立以来、アスベストの危険性とその健康影響に対する世論の関心を高めることに全力を尽くしてきました。より厳しい規制と安全な代替品の使用を求める数多くのキャンペーンを行ってきただけでなく、被災者および市民の行動を促進/支援してきました。


石綿対策全国連絡会議は、1990年に「アスベスト政策に関する提言」をまとめ、1992年には「アスベスト規制法案」を作成しました。この法案は、以下のような内容を柱とするものでした。
(1) アスベストおよびアスベスト含有製品の製造、輸入、供給および使用の禁止を導入する(アスベストに代わる利用できる代替品がない一定のケースについて、飛散防止基準に適合した場合にのみ、例外を認める)
(2) 府に対してアスベスト健康被害防止対策を勧告するための、アスベスト健康被害防止対策検討委員会を設立する
この提案は国会に提出され、集中的なキャンペーンによって、アスベスト規制法の制定に賛同する63万名の署名が(集められ国会に)届けられました。しかし、この法案は自民党の反対にあい、議論もされないまま拒絶(廃案に)されてしまいました。

4. 諸規制の強化

これは日本のアスベスト反対運動にとって大きな打撃でした。しかし、石綿全国連絡会議は継続して政府に圧力をかけ続けてきました。.

日本では、労働基準法(1947年制定)、じん肺法(1960年制定)および労働安全衛生法(1972年制定)が、じん肺を予防する(その一部としての石綿肺)という見地から、アスベスト規制を取り扱っていました。

1975年に、特定化学物質等障害予防規則(1971年制定)が改正され、発がん物質に対する規制が強化されました。この改正によって、アスベストは法的に発がん物質として認められ(「第2類物質」に分類)、また、吹き付けアスベストは原則的に禁止されました(アスベストを5%未満含有したロック・ウールの吹付けは1979年まで続けられました)。この規則は、使用者に対して、一定の能力トレーニングを修了した者の中から作業主任者を選任すること、排気装置および個人防護機器を供与すること、大気中の濃度を測定すること、医師に労働者の健康診断を行わせること、および、作業および労働者に関する記録を30年間保存すること、という義務を課しました。

1978年には、労働省が、アスベスト関連疾患(石綿肺、肺がんおよび中皮腫)に関する労災認定基準を策定しました(*頁参照)

私たちの努力の結果、現行の諸規制は強化されてきています。以下はいくつかの例です。

(1)1987年、学校施設における吹き付けアスベストの除去が社会的に大きな関心事になり、「学校パニック」と呼ばれる事態を引き起こしました。世論の盛り上がり―その中で石綿対策連絡会議は中心的な役割を果たしました―に直面して、環境庁、厚生省および文部省は、1987年と1988年に地方自治体に対して、建築物の解体・改修工事による大気汚染を防止するための行政通達を出しました。1988年には、建設省の外郭団体である日本建築センターが、建築物の吹き付けアスベスト粉じん飛散防止のための技術指針を発行し、労働省の外郭団体である建設業労働災害防止協会も建築物の解体または改修工事におけるアスベスト粉じんへの曝露防止のためのガイドライン(マニュアル)を発行しました。さらに、厚生省は、アスベスト廃棄物の管理に関する行政通達を出しています。

(2)1988年、作業環境基準が制定されました。この基準は、管理濃度基準、アスベスト濃度の上限を、クロシドライトについて0.2繊維/cm3、それ以外のアスベストについて2繊維/cm3と設定しました(労働省は、1976年以来、同じ水準を達成するよう、使用者を行政指導していました)。 1991年に、日本石綿協会(国際石綿協会のメンバー)は、職場におけるクリソタイルの濃度を管理するために、1繊維/cm3という自主基準値を定めています。

(3)1989年、大気汚染防止法および関係命令が改正され、アスベストは「特定粉じん」に分類されて、アスベスト粉じん発生施設(すなわち、アスベスト製品製造工場)の敷地境界における10繊維/lという濃度基準が設定されました。

(4)1992年、廃棄物処理・清掃法および関係命令が改正され、飛散性アスベストが「特別管理産業廃棄物」に分類されて、その処理基準も策定されました。

(5)1992年、労働省は、化学物質の危険有害性情報の提供のための努力の一環として、アスベストを1%以上含有する製品に化学物質安全データシートの提供を求める指針を策定しました(これは、1999年に、労働安全衛生法の条文の中に導入されています。同法の別の条文では、1975年以降、アスベスト含有製品に危険有害性情報をラベルする使用者の義務を規定していましたが、日本石綿協会は1989年以降、自ら製造する製品に自主的に「a」マークをラベルするようになりました)。

(6)1995年、労働安全衛生法施行令および関係規則が改正され、クロシドライト、アモサイトおよびそれらの含有製品の製造、輸入、供給および使用が禁止されました(日本のアスベスト業界はすでにクロシドライトは1988年以降、アモサイトは1993年以降輸入を中止しているのではありますが)。この命令は、使用者に対して、(a)建築物の解体・改修工事を開始する前にアスベストの使用状況を確認し、その結果を記録しておくこと、(b)建築物内で吹き付けアスベストの除去作業を行う作業区画をビニールシートによって覆うなどの方法により隔離すること、(c)一定の耐火建築物における吹き付けアスベストを除去する少なくとも30日前に労働基準監督署にその作業計画を届け出ること、という義務を課しました。

(7)1997年、労働安全衛生法施行令および関係規則が改正され、アスベストを製造/取り扱う作業(に従事していてその作業)から離れ、胸部X線写真に不整形陰影または胸膜肥厚が認められた労働者に対して、「健康管理手帳」が支給されるようになりました。この「健康管理手帳」は、その所持者が、半年に1回、無料で健康診断を受診できるようにするためのものです。

(8)1996年、大気汚染防止法および関係命令が改正され、吹き付けアスベストの除去を伴う建築物の解体・改修作業が「特定粉じん排出作業」に指定されました。このような作業を行おうとする者には、作業開始の少なくとも14日前に地方自治体に対して作業計画を届け出ること、および、アスベスト除去作業基準を遵守すること、という義務が課せられました。

(9)1998年、有害廃棄物の国境を越えた移動および処分の管理に関するバーゼル条約の国内法が改正され、アスベスト廃棄物がこの法律の対象として明記されました(日本政府は、非意図的に含まれたアスベスト含有廃棄物(例えば、船内にアスベストが使用された解体用船舶)もバーゼル条約の対象になるとの立場をとっています)。

(10)1999年、日本において(環境)汚染物質排出・移動登録(PRTR)制度を導入するための化学物質管理促進法が制定されました。石綿対策全国連絡会議のパブリック・コメントによって、政府は、PRTRの対象物質にアスベストを含めました。

以上のような発展はアスベストの管理対策を強化してきました。しかしながら、クリソタイル・アスベストは、吹き付けの場合を除いて、無規制のまま残されていることを指摘しておかなければなりません。

5. 日本の各省庁の姿勢

石綿対策連絡会議は、この間、関係省庁の担当者たちとアスベスト問題に関して話し合う機会を持ち、その中で速やかなアスベスト禁止を要求してきました。

各省庁の姿勢はきわめて混乱したものです。これは、石綿対策全国連絡会議が、当初、日本でアスベストを禁止するために新たな法律を制定しようとした理由のひとつでもあります。

環境庁は、国際状況をよく認識しており、より厳しい規制の必要性は認識しています。しかし、彼らは、アスベストを禁止する権限は持っていない(所轄範囲外である)と言います。

通商産業省も、国際状況についてはよく知っています(彼らはアスベスト業界から情報を得ています)。彼らは、一方で、「アスベストの管理使用」は合理的であると主張しながら、他方では、代替化およびアスベスト含有率の提言を促進してきているとも言います。カナダがフランスのアスベスト禁止措置に挑戦しているWTOのケースについては、彼らは、現時点ではポジションは決定していないと言っています。

労働省は、「私たちは、最新の知見/情報の収集に努めており、必要があれば新たな対策を検討する」と言っています。これは、日本の典型的な官僚的答弁で、現時点では(検討が)必要だとは考えていないということです。しかし、すでにクロシドライトおよびアモサイトについて行なわれているように、労働安全衛生法施行令を改正することによってクリソタイル・アスベストの禁止を導入することはできるわけですから、労働省は、速やかに日本をアスベストの全面禁止に導くことのできる省庁であります。

現実に毎年数千名の人々がアスベスト関連疾患によって死亡しているのにもかかわらず、厚生省は、アスベストを過去の問題と考えているように思えます。昨年、ある担当者は私たちに対して、「クリソタイルとういうタイルにはアスベストを含んでいるのですか?」と聞いてきました。
建設省は、アスベストの禁止および代替化に関してはっきりとした見解を欠いているようにみえます。昨年、ある担当者は、アスベストの未来は、より安いものかより安全なものか、どちらの建材を選ぶかは市場の手にゆだねざるを得ないと発言しました。今年は、彼らは、政府の建築物については(以前から)ノン・アスベスト製品を使うようにしているし、代替化を促進するという立場をはじめて明解にしました。

運輸省は、海上人命安全(SOLAS)条約を改正して、現存船への新たなアスベストの使用を禁止するという、国際海事機関(IMO)におけるフランスの提案を支持しています(現実には、日本の造船業界は、1970年代以降、アスベストを使用していません)。しかし、彼らは、その運輸政策の中に新たな管理対策を導入する考えはないと言っています。

昨年、石綿対策全国連絡会議は、5千名を超える産業医や労働衛生の専門家たちを代表する日本産業衛生学会に対して、日本におけるアスベスト禁止の実現に向けてイニシアティブを発揮するよう要請しました。今春、同学会は、職場における「許容濃度基準」を、クリソタイルについては0.15繊維/ml、クリソタイル以外のアスベストも含有している場合については0.03繊維/mlにするという暫定的な勧告を発表しました(これらは、肺がんと中皮腫の生涯過剰リスク1/1,000に対応するものです)。正式な勧告は、来年発表されることになると思われます。

現在、政府の、職場における「管理濃度基準」は、クロシドライト以外のアスベストについては2繊維/cm3、クロシドライトについては0.2繊維/cm3です。石綿対策全国連絡会議の要請に応えて、労働省は、ただちにこの数字を見直す作業を開始すると約束しました。私たちは、この作業を、アスベストの全面禁止を含めるよう拡張するように求めているところです。


6. アスベスト禁止に向けた注意喚起

不幸なことに、政府の担当者ばかりでなく、政治家、ジャーナリスト、労働組合、市民たちも、現在では、アスベストに大きな関心を払っていません。1987-88年の「学校パニック」は、人々がアスベストをインダスリアル・キラーとして認識するのを助けましたが、多くの人々が今ではアスベストを過去の問題だと考えているのです。アスベスト禁止に向かっている国際的な動向や日本が孤立したアスベスト消費大国になってしまっているという事実も知られていません。昨年夏、EUが2005年までにアスベストの全面禁止(を実施すること)を決定したことを報じた新聞はありませんでした。

ですから、注意を喚起することは石綿対策全国連絡会議の重要な指命のひとつです。関心を高めるために、メディアや労働組合にアピールすると同時に、数多くの講演会やシンポジウムを開催しています。

私たちからの情報に基づき、今年2月、日本の主要な新聞のひとつである毎日新聞が、すでにアスベスト禁止を導入した諸国のリストもつけて、一面で、1995-98年にアスベスト(中皮腫)によって2,243人の人々が死亡しているという記事を掲載しました。

日本最大の労働組合の全国組織は、連合(日本労働組合総連合会)です。連合のアスベスト問題に関する立場は、クロシドライトとアモサイトは禁止すべきであり、クリソタイルは規制を強化すべきであるというものです。これは10年近く前に決定されたものです(クロシドライトとアモサイトは1995年に禁止されています。) 私たちは、すべてのアスベストの禁止に歩を進めるよう働きかけています。国際自由労連(ICFTU)が、地球規模でのアスベスト使用禁止に向けたキャンペーンを開始したことは、私たちを励ますものです。


7. 労働者および被災者

石綿対策全国連絡会議と全国労働安全衛生センター連絡会議は、1991年と1992年に、「アスベスト・職業がん110番」という1日の電話相談サービスを開設しました。最初の年には325件、2年目には193件の相談が寄せられました。地域労働安全衛生センターでは、アスベスト被災者や遺族たちが補償を手に入れ、また、使用者に責任をとらせるために、相談サービスを継続しています。また、裁判闘争も支援しています。いくつかの事例は、全国労働安全衛生センターのウエブサイトで紹介されています(http://jca.apc.org/joshrc/index_e.html, English)(*頁も参照)。

前述したとおり、アスベスト関連疾患の補償件数は、きわめて少ないものです。しかし、私たちの努力の結果、徐々にではありますが、その数は増加してきています(*頁参照)。私たちはこれまでに数百名の被災者が補償を手にするのを援助してきました。

日本では、アスベスト関連疾患に対しては、これまでに7件の個人傷害訴訟(民事損害賠償請求)事件があるだけです(*頁参照)。これらのうち、6件がすでに法廷外和解に達しており、被告企業は被災者1人当たり500-4,000万円を支払っています。日本では、環境曝露に関連した訴訟や製造物責任訴訟はありません。

石綿対策全国連絡会議加盟の労働組合は、その組合員に対して、アスベスト問題に関する相談、支援、教育・トレーニングを提供しています。

全国建設労働組合総連合(全建総連)傘下のいくつかの労働組合が最近、数千名の組合員の定期健康診断によるX線写真等の医学データを収集し、専門家にアスベスト関連疾患のチェックをしてもらう体制を作っていることは銘記すべきことです。これは、早期診断および埋もれたアスベスト被災者を掘り起こすうえで画期的な取り組みです。


8. 市民および住民

石綿対策全国連絡会議とアスネット(アスベスト根絶ネットワーク)などの市民団体では、市民や住民たちに助言や支援を提供しています。

「学校パニック」(1987-88年)の時に、多くの地方自治体は、公共建築物におけるアスベストの存在および状態を調査し、除去するか、または管理するかの方策をとりました。しかし現在、これらの対策が不適切であったために、数多くの問題が生じています。民間の建築物に関しては、事態は一層悪いものです。

1995年1月17日、大地震が阪神地域と淡路島を襲い、6千名以上の人々が死亡し、17万以上の建築物が損壊、17万9千の建物が火災しました。倒壊/損傷を受けた建物の不適切/貧弱な解体作業のために、大量のアスベスト繊維がこの地域に飛散しました。市民たちによって阪神アスネット(被災地のアスベスト対策を考えるネットワーク)が結成され、関係当局に対してアスベスト曝露防止対策をとるよう要求しました(くわしい情報はそのウエブサイト http://www1.mesh.ne.jp/~asbestos/mokuji_htm, English で入手できます)。


9. エンパワーメント

私たちは、被災者、労働者や市民が、自ら行動を起こし、相互に情報を交換できるようにエンパワーメントすることがきわめて重要であると考えています。

横須賀市においては、アスベスト被災者たちが、全国じん肺患者同盟の支部を結成しました(全国じん肺患者同盟は、約5千名のじん肺被災者によって構成されています。現在までのところ、日本には、アスベスト被災者だけでつくられている全国組織はありません)。また、同支部と、労働組合、地域労働安全衛生センター、医師、弁護士らの協力によって、一層被災者に対する支援を拡大していくために、じん肺・アスベスト被災者救済基金が設立されています。

東京23区のひとつである文京区で、昨年、対策なしで行われた不適切な改修工事によって、ある保育園の約100名の子どもたちが大量のアスベスト粉じんに曝露してしまいました。子どもたちの親たちは団結して、地方自治体に対して、事実を調査し、緊急および長期的な対策をとるよう要求しました。激論と闘争の末、最終的に地方自自治体は、リスクを評価し、とられるべき対策を勧告するための専門委員会を設置しました。この一連の経過の中で、石綿対策全国連絡会議とアスネットをはじめとした市民団体は親たちを支援してきました。現在作業中のこの委員会には、親たちの要求に基づいて、3名の石綿対策全国連絡会議のメンバーが入っています。


10. アジア

アジアでは、近い将来にアスベストによる被害が顕在化してくることは間違いありません。世界のアスベスト産業界は、アジアの市場を広げようと目論んでいます。今年11月には、アスベスト業界によってインド・ニューデリーにおいて、「責任ある使用の強化」をテーマに、「クリソタイル・アスベストに関する国際会議」が開催されるとのことです。(http:www.asbestos-info-centre.org/ 参照)

私たちは、世界的規模における禁止を確実なものとするためには、アジア全体にわたって、アスベスト禁止キャンペーンを拡張することが非常に重要だと考えています。そして、私たちはそのための努力をする決意でいます。

1997年に、香港、台湾、韓国、タイ、インド、スリランカその他のアジア諸国の労災被災者組織によって、労災被災者の権利のためのアジア・ネットワーク(ANROAV)が結成されました。全国労働安全衛生センターはこの一員です。現在までのところ、アスベストは加盟各組織の主要課題には必ずしもなっていませんが、私たちはこのネットアークを通じて関連する情報を流布することができます。

今年10月には、韓国・ソウルにおいて、第3回アジア・ヨーロッパ首脳会議(ASEM)が開催される予定です。このイベントに向けて、韓国および世界のNGOによって民衆フォーラムが準備されています。その活動の一部として、「グローバリゼーションと労働者の健康」というワークショップが、開催される予定です。私たちは、このワークショップに参加して、この国際アスベスト会議とアスベスト禁止に向かう国際的な潮流について報告する予定です。


ケース・スタディ―基地と造船の街: 横須賀

1982年に、日本のある新聞が、横須賀市内のある病院で過去5年間に肺がんで死亡した患者の3分の1がアスベストによるものであった(39名、主に基地および造船労働者)という特ダネを報じました。

このニュースにショックを受けた神奈川労災職業病センターや全日本造船機械労働組合浦賀分会等の団体は、1984年から、基地や造船所で働いていた労働者のために、「じん肺・石綿肺集団自主健診」を開始しました(1989年までに11回実施)。(神奈川労災職業病センターは、全国労働安全衛生センター連絡会議の中心団体のひとつです)

神奈川労災職業病センターは、この健診を通じて発見された被災者たちが労災補償保険制度による補償を受けるのを支援してきました。1985年には、石綿肺/じん肺の被災者たちによって、全国じん肺患者同盟横須賀支部が結成されました。

1989年、神奈川労災職業病センターとその関連団体のひとつである神奈川県勤労者医療生活協同組合は、横須賀中央診療所を開設しました。この診療所は、(前述の)健診活動を引き継ぎ、また、被災者たちに治療を提供するようになりました。過去10年間、多くのアスベスト関連疾患の被災者―石綿肺だけでなく、肺がんや中皮腫も含めて―が横須賀市において発見されています。それは、労災補償保険制度によって認定されたアスベスト関連疾患の(全国の)全件数のなかでかなりの部分を占めています。

1986年、米海軍横須賀基地において空母ミッドウェーの大がかりな補修工事が行われました。これによって大量のアスベスト廃棄物が発生しました。神奈川労災職業病センターは、このアスベスト廃棄物が不法投棄されている実態を暴露しました。この事件は、1987-88年の「学校パニック」とともに、日本の人々のアスベストに関する認識を促進しました。

1988年、8人の石綿肺に罹患した元造船労働者が、住友重機械工業を提訴しました。1995年には、アスベスト関連肺がん(労働基準監督署は業務上疾病と認定済み)で死亡した造船労働者の遺族が、同じ会社を提訴しました。すべての被災者は、この会社の横須賀市内にある造船所で働いていました。両方のケースとも、1997年に和解しています。

この時同時に、全日本造船機械労働組合浦賀分会が、会社との間で、すべての退職労働者に対する補償に関する協定を締結しました。この協定によれば、会社は、アスベスト関連疾患で死亡した退職労働者の遺族に対して、1千万円から1千6百万円(被災者の年齢に応じて)を支払わなければなりません。

2つの裁判を支援してきた神奈川労災職業病センター、横須賀地域の労働組合、アスベスト関連被災者、医師、弁護士らは、活動を継続していくことを決定し、そのために、じん肺・アスベスト被災者救済基金を設立しました。この組織は、毎年7月に、「じん肺・アスベスト健康被害ホットライン」という3日間の電話相談サービスを開設しています。

1998年に、米海軍横須賀基地艦船修理廠の元労働者12人と4人の遺族が、日米安全保障条約に関連した特別法に基づいて、日本政府を提訴しました。損害賠償請求額の合計は3億2,500万円です。原告たちは、彼らの病気や家族の死亡は職場におけるアスベスト暴露によるものであると主張しています。この裁判は現在係争中です。


労働者災害補償保険制度によるアスベスト関連疾患の認定基準

A: 石綿肺
1)で、なおかつ2)-aまたは2)-bであれば認定
1) 石綿曝露作業に従事している、または従事したことがある。
2)-a 管理区分4のじん肺(最重症、要療養のじん肺)に罹患している。
2)-b 管理区分2または3のじん肺(じん肺の臨床所見あり)に罹患し、かつ石綿肺がもとで発症した合併症(肺結核、結核性胸膜炎、続発性気管支炎、続発性気管支拡張症、続発性気胸)に罹患している。

B: 肺がん
肺がんに罹患し、かつ、1)から4)までのいずれかに該当すれば認定
1) 石綿肺がある(胸部X線写真上)
2) 石綿肺がないが(胸部X線写真上)、石綿曝露10年以上で、なおかつ、吸気時における肺底部の捻発音、胸部X線写真による胸膜の肥厚斑または胸膜の石灰化、または喀痰中の石綿小体等の臨床所見がある。
3) 石綿肺がないが(胸部X線写真上)、石綿曝露10年以上で、なおかつ、肺のびまん性腺維増殖、胸膜肥厚または胸膜石灰化、または肺組織内の石綿腺維または石綿小体等の病理学的所見がある。
4) 上記以外で、石綿曝露が比較的短期または間欠的な一時的な高濃度曝露を受けた。
・4)の場合には、労働省が個別に検討して、業務上外を判断

C: 中皮腫
1)から3)までのいずれかに該当すれば認定
1) 胸膜または腹膜の中皮腫で、石綿曝露5年以上で、なおかつ石綿肺がある。
2) 胸膜または腹膜の中皮腫で、石綿曝露5年以上で、なおかつ、肺の肺のびまん性腺維増殖、胸膜肥厚または胸膜石灰化、または肺組織内の石綿腺維または石綿小体等の病理学的所見がある。
3) 上記に該当しない胸膜または腹膜の中皮腫、胸膜または腹膜以外の中皮腫、診断が困難である事案
3)の場合には、労働省が個別に検討して、業務上外を判断


アスベストに曝露する業務による肺がんおよび中皮腫の発生状況 

-77

78

79

80

81

82

83

84

85

86

87

88

89

90

91

92

93

94

95

96

97

98

Total

17

4

5

1

2

7

4

7

11

14

10

10

19

16

18

23

21

21

23

27

22

42

324

16

17

7

16

30

86

出典
労働省労働災害補償統計

 

* 下段は支給決定時すでに死亡しているもので、上段の内数

 




日本におけるアスベスト訴訟の事例

日本では、アスベスト関連疾患に対しては、これまでに7件の個人傷害訴訟(民事損害賠償請求)事件があるだけです。これらのうち、6件がすでに法廷外和解に達しており、被告企業は被災者1人当たり500-4,000万円を支払っています。日本では、環境曝露に関連した訴訟や製造物責任訴訟はありません。

初期の事件は、アスベスト製品製造工場で働いていて、じん肺に罹患した元労働者と被災者の遺族によって提起されたものでした。

1988年、8人の石綿肺に罹患した元造船労働者が、住友重機械工業を提訴しました。1995年には、アスベスト関連肺がん(労働基準監督署は業務上疾病と認定済み)で死亡した造船労働者の遺族が、同じ会社を提訴しました。すべての被災者は、この会社の横須賀市内にある造船所で働いていました。両方のケースとも、1997年に和解しています。

この時同時に、被災者たちの所属する労働組合が、会社との間で、退職労働者に対する補償に関する協定を締結しました。この協定によれば、会社は、アスベスト関連疾患で死亡した退職労働者の遺族に対して、1千万円から1千6百万円(被災者の年齢に応じて)を支払わなければなりません。

1993年、四国電力の元労働者の家族が同社を提訴しました。この労働者は、西条火力発電所に勤務し、悪性胸膜中皮腫によって死亡しました。この事例は、1991年に私たちが実施したアスベスト・職業がん110番に相談に来られたものでした。この事件は1999年に解決しています。

1998年に、米海軍横須賀基地艦船修理廠の元労働者12人と4人の遺族が、日米安全保障条約に関連した特別法に基づいて、日本政府を提訴しました。損害賠償請求額の合計は3億2,500万円です。原告たちは、彼らの病気や家族の死亡は職場におけるアスベスト暴露によるものであると主張しています。この裁判は現在係争中です。


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