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アスベストによる健康リスク
―許容濃度の考え方
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矢野栄二
帝京大学医学部教授
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帝京大学の矢野です。いつもこちらからは大変素晴らしい資料をお送りいただいて勉強させていただいてます。許容濃度委員会の中の石綿に関する小委員会の取りまとめを2年くらいやり、今年の春の産業衛生学会の総会で勧告値の提案を出しました。手続的には、1年間世の中にさらして、途中でよろしくないという意見が出きたらその時は、それを受けて許容濃度委員会でもう一度考え直そうとか、このままでいくということを決めて産業衛生学会としての許容濃度の勧告ができるという手続になっています。
なぜそういう数値になったかについては、産業衛生学会誌の7月号に勧告の提案理由書が掲載されるはずになっています(21頁に掲載)。いろいろな関係で、いま印刷にまわした提案の全文をまくことはそのままではできないということで、主な項目を書き出して、中身や考え方についてはお話をさせていただこうと思っています。
私が調査をしています中国のアスベスト工場を中心にした写真も用意してきているのですが、皆さんがどの程度現物のアスベストなり、工場なり、作業をご存知かというとこもあるのですが、時間があったら紹介させていただくということにします。
抽象的で眠くなる話かと思いますが、いろいろな意味で大事なことを先に話して、上手に話ができて時間が残ったら写真を見ていただきます。大体私が話すことはお配りしたプリント(省略)に全部入っています。
●リスクアセスメントとリスクマネージメント
まず、許容濃度委員会の基本的な考え方を説明するところから始めます。リスクアセスメントとリスクマネージメント、こういった立場をご理解いただかないと議論自体がスタートしないと思います。立場自身に変更の余地があるかないか、その立場を認めた上でどこがいい悪いという話になると思います。そのポイントになる、許容濃度委員会がとっている立場を、私は委員会を代表しているわけではありませんが、10年くらいメンバーをしていて、委員会も代替わりをして進行していますが、それをこういう考え方でやっているというところを示したいと思います。
概念図を示しましたが、1983年にアメリカのUSリサーチカウンシルが発表したリスクアセスメント、リスクマネージメントという考え方のシェーマにのっとっていると思います。このシェーマをこの先説明しますが、一番のポイントはリスクアセスメントとリスクマネージメントの間に太い線を引いてます。一言で言うと、生物学とか医学とか毒物学とか薬理学とか自然科学的な知識プラス工学的な知識、多少人間の行動を含めての、議論の余地のないサイエンス的なものとしてリスクアセスメントをきっちりやりぬく。そういうリスクアセスメントと、それを現実の社会に適用するリスクマネージメント。このふたつを相互にちょろちょろさせるのはやめようじゃないかというのが1983年のシェーマの基本的な考えじゃないかと思います。
許容濃度委員会の考えも大体これと基本的に同じ考え方に立っている。かくかくしかじかの物質はどういう毒性がどの程度あるかということを、実験室の中で数値がどう出るかとか動物調査をやってとかいろいろあるのですが、余計なことを考えずに、非常に客観的な数値にしようと。それでおしまいにしようということです。それをどう使うかということに下手に科学者が関わらない方が、もちろん同じ人が別なところでやるのは構わないんですが、そういう議論には関わるまいということです。例えば、許容濃度を決めても、そのレベルは今の技術では測定できない、決めても無意味だという議論がよく出てくるのですが、生物学的に測定ができなかったとしても、そういう低いレベルでも毒性が発現するのだったら、事実として許容濃度とすると。そうしておけば、測定は後からついてくるよと。必要性があれば、とくに日本の医療技術屋さんは優秀ですから、いずれ測定できるようになる。今できるできないということを許容濃度にはひっかけない。許容濃度とは、そのレベルで毒性が発現するかしないかということを客観的に言おうということです。
●許容濃度と管理濃度
「リスクアセスメント―危険因子の曝露による健康影響の評価」を「許容濃度」と書いていますが、それに対して「管理濃度」というものがあります。これは、労働省が作業環境基準としての濃度を与えて、それによって管理1だ3だ、ここは問題があるとか、すぐなんとかしようとか、どういう対策が必要だということに使います。「リスクマネージメント―種々の対応策の評価、選択」に用いられるのが「管理濃度」です。
許容濃度が示されている物質がたくさんあると思います。管理濃度の方はたくさんあると言ってもアメリカに比べるとまだ少ない。許容濃度を決める作業はすべて手弁当なんですよ、収集する文献代も含めて。これは本当に大変な努力です。私はまだ東京だからいいんですが、地方の人は飛行機に乗って。私は最初に発表したときにしまったと思ったんですが、皆さんもご存知のような大先生方もそれぞれ準備をしてきて、ここぞとばかり集中攻撃―吊るし上げられるんですよ。ここが弱い、ここが間違っている、ここがウソだと。私は実はアスベスト以前にある物質の担当をやっていきなりこの洗礼を受けて、かなりめげてしまって数年立ち上がれなかったんです。さんざん苦労をして、今その物質のペーパーだけで何百も、研究室の棚ひとつを占領しています。大学によってはそういうコピー代も出るところもありますが、定年退職された先生方はそこらへんも苦労されていて。われわれはそれで金をもらおうとは思っていません。まして名前は出ないんです。研究者は論文書いて名前を出してナンボのわけですが。石綿小委員会ももちろんこれは私ひとりで書いたわけではなくて、私の学問的業績でもなんでもない。そういうので本当にいいのかなとも思いますが、そういうシステムです。話が横に逸れてしまいました。
管理濃度の場合には、測定できないようなものを労働省がマネージメントのために決めるわけにいかない。つまりマネージメントがうまくいっている、いってないを指導しなくてはいけないのに、測れないところでは議論にならない。それから、現実性ということも常に問題になります。そのレベルは危ないけど、それをやったら生産を全部中止しなくてはいけない。本当に危なければ中止すればいいのですが、一方ではそれなしでは世の中は明日からストップしてしまうどころか、逆の危険が起こってくるみたいな場合には、技術的、社会的、経済的にいろいろなものが必要な中で管理濃度が決まってくる。そのバランスを考える上でのファクターのひとつは、社会全体が何を大切にするかということもあると思う。利便性を大切にするか、健康を大切にするか、これは大きく政治まで関わってくる。繰り返しますが、許容濃度は医学、生物学で決めようと。医学の中には公衆衛生学もあり、政治社会と無関係ではないですが、そこに籍を置きながら言うのも変ですが、とりあえずどっちかというと生物学的に近いところで医学を重視してます。
●定性的評価
大事なことで最初のシェーマの説明的なことを書いたのですが、リスクアセスメントの有害性の確認、英語ではハザード・アイデンティフィケーションといいます。ハザード・アイデンティフィケーションのレベルでは定性的評価が問題になります。量が問題なのではなく、何が起こりうるか、とてつもない量を使った結果であれ、百万人にひとりの結果であれ、この物質はどういう影響を及ぼしていくのかということを、ヒトでどうであったか、または動物実験でどうだったか、短期試験の結果や分子構造はどうか。エーメス(Ames)テストというは、1970年代半ばに大はやりだったんですが、カリフォルニアのブルース・エーメスという人がサルモネラ菌を使って突然変異を検出するシステムを作って、化学物質の発がん性と突然変異性の一致度が高いということを確認しました。突然変異性を見つけるのならば、72時間サルモネラ菌を培養すれば小さな実験室でもできることですが、発がん性は最低動物を何百匹も2年間飼わなくてはいけない、時間的に最短でも2年間かかり、当時ひとつの物質をちゃんとやるのに10万ドルかかるということでした。私はそこらへんの研究で博士号をもらったのですが、1985年頃で化学物質の総数は700万とか800万存在していました。そのうえ毎年数十万も増えてくるのに対して、世界中で動物実験検査できるのは数千からたかだか数万。化学物質の増加に対して検査が追いつかないから野放しになればえらいことだし、かといって化学物質の増加を止めることは不可能。それに対して細菌法は素晴らしい方法だということでやったのです。当時を覚えておられる方もいるかと思いますが、今日は魚のヤキコゲで、明日はソテツのビンという感じで、モグラ叩きのように始まったわけです。早い話、エーメス法を開発したブルース・エーメス自身がコーヒーカップに何百種類と発がん物質があると言い出しました。私は論文を書きましたが、実際コーヒーは細胞内で突然変異を起こします。コーヒーは、数年前は3杯以上飲むと膵臓がんになると疫学者は言っていました。つい数か月前には、コーヒーを飲んだ方ががんにならないという話も出たり、まあいい加減ですので。コーヒーのことだけ結論づけてしまえば、コーヒーは加熱しますので、魚のコゲと同じく非常に高い発がん性物質を発生しますが、サルモネラ菌もそうですけれど、肝臓を擦りつぶした液体を入れると発がん性はなくなります。人間のからだの中に入ると発がん性が無毒化される。そのもの自身は突然変異を起こすが、肝臓をとった人間というのは成立しませんが、肝臓の作用がない場合であれば、コーヒーは発がん性を持ちます。でもポリフェノールが入っていて、むしろ体には良いとか、どんどん変わってきますからね。去年までのことが変わるというのはむしろ進歩の部分もあると思います。そういう現象を捕まえる。人の場合、動物の場合、試験管内での実験、さらには化学物質の構造から想像して良いの悪いのと、そこらへんの知識を総動員して許容濃度をやるわけです。ハザード・アイデンティフィケーションのレベルでは、どういうことが起こるという定性的な話です。
●定量的評価
次に定量的な話にならないと許容濃度とならないわけで。今度は濃度レベルをいくつか―最低3つか4つふって、量が増えるほど頻度が増えるか、作用が強くなるか、新しい影響が出るかをみていかなくてはいけません(量―反応評価
Dose-response Assessment)。また脱線しますが、ダイオキシンの場合は量が増えると作用が弱くなったり上がったりと大混乱が起こって、実験の間違いだなんだかんだと、それを企業がもっともらしく説明したりと、いろいろな議論があったと思います。大体発がん性云々という議論は、非常に大量の、生体が生きているか生きていられないかという境目くらいの量を投与してがんが出て、量を下げていったときにはどうかと。実際に現実の場はそうです。大量でがんが出るのは分かった。現実の生活環境あるいは作業環境での曝露レベルでも同じようにがんが出るのか。グラフのように、2点を結んだ線が切れたところでストンと0に向かって落ちてくれれば、そこを許容濃度にして大変結構ですね。
ロードーズ(Law-dose、低濃度)ではどういうことが起こるかということですが、たとえば100匹やって1匹も残らなかったといえば、モルモットを1,000匹使ったらもしかしたら1匹、2匹はあるかもしれない。1,000匹で大丈夫で10,000万匹で、観察個体数があるんじゃないか。
現実の問題を考える上で、閾値があってはじめて許容濃度という話になるわけですが。いくつかこの分野で必要な言葉を紹介しますと、Lowest
Observal Adverse Effect Level (LOAEL)―有害な影響が観察されて最も低い濃度のレベル。No
Observable Adverse Effect Level (NOAEL)―現在までのところ何の悪影響も観察されなかったレベル。LOAELとNOAELがきちっとデータがあれば、その隙間の線を許容濃度とすれば大変分かりやすいわけです。無駄に低い値を与えると他の影響がでてきますから、何の影響はないけれど境目のレベルを決めればいいと。
発がんの場合にごく大雑把な考え方として、非確率的影響と確率的影響というふうに分けますが。一般の毒性の場合には、あるレベルに行かないと大丈夫というのがあります。ところが確率的影響―発がんとか突然変異とか奇形とか遺伝的毒性については、遺伝子が絡んできてこれは体の中に何百億とある、それぞれに十万とか遺伝子があって、そのどこかがやられるみたいな話になると、ほとんど無数にある。すると、さっき言いましたように100人でなくても1,000人で。1,000人でなくとも1万人ではという確率問題になってくる。
確率の問題で言うと、No Observable Adverse
Effect Level (NOAEL)は存在しません。すると、発がん物質は全て、古典的考え方では許容濃度は決められないという話になってしまいます。では発がん物質を全部禁止すればいいかと言うと、発がん物質というのはいくらでもあるんです。実は簡単な話ではないです。私はそういうことをいうのであれば、タバコが完全になくなってから議論すればいいと思います。
とりあえず確率的にいくらでも低いレベルで存在しうるし、計算方法が確定すれば見つけられるというなかで、非確率的影響の場合には、Acceptable
Daily Intake (ADI)という考え方を紹介しておきます。NOAELをSafety
Factor (SF)で割った数値です(ADI=NOAEL/SF)。Safety
Factorというのは、実際のデータは人間ではない、動物でやって、人間の方が感受性が高いからそれの10倍にしようとか、感受性が人によって違うからもう10倍にしようとか、実験的には急性影響が中心なので、慢性の影響を考えたらもう10倍しようとか。産業衛生学会の許容濃度委員会でも、ものによってはデータのSafety
Factorとして1桁、何コンマ何ppmのコンマ以下は切り捨てに持っていこうというのがSafety
Factorの考え方ですね。
10倍、10倍とやっていくと収拾がつかなくなってくるので、最近は、Reference
Dose (RfD)―これは、Uncertainty Factor
(UF)とModifying Factor (MF)をかけたもので、NOAELを割った数値です(RfD=NOAEL/(UF×MF)。確率的影響の場合、化学物質を濃度を薄めてやるかたちから発想されていましたが、発がんの場合にも単純にいらないんじゃないかなと。例えば、紫外線は皮膚がんの原因になります。これは角質層を通らないからあるレベル以下だったらきっと問題にならないことがあるはずだと。それから、皮膚の角質層をはじめとしていろいろなかたちで生体には防御機構があるし、さっきのコーヒーの場合のように代謝作用とか一旦異変を起こした遺伝子に対して修復のメカニズムをもっています。発がんだ、突然変異だ、奇形だどいうような遺伝的な影響についても閾値がある。全然ないわけじゃない。そういう議論があるということで、これは結論ではないんですが。良く使われる言い方として、Virtually
Safe Dose (VSD)―実効上の安全なレベルのようなことを発がん物質についても大衆的に言われることがあって、この考え方は、10のマイナス6乗、生涯1億人の中で大体100歳近くまで生きたときにひとりくらいがんになる、そのくらいのレベルは無視しようと。非発がん物質だけで生活できればいいんですが、世の中そうならない中でどうしていこうかということででてきた方法がこれです。
●曝露量の評価
リスクアセスメントの第3のステップとして、曝露量の評価(Exposure
Assessment)。これは、現実の曝露状態を、実際に調べるべき作業者の状況あるいは抽象化された一般的な状況の中で、これくらいのことは実際有り得るということを測定するわけです。曝露量の評価における問題点は、実際にどんな物質でもどんな量でも大変な変動があって、どのような数値を使うかは実際にやればすぐに問題になることです。すると、ほんの一瞬たりともこの値を越えてはいけないのか、平均値が問題なのかとか、一応許容濃度委員会で出す勧告値の大部分は、TWA(Time-Weighted
Average)―時間加重平均です。8時間作業中の平均がどうかということですが、物質によっては短期間の影響でやる場合には、これは一瞬たりとも越えてはいけないし、天井値というものとショートターム―15分間の値というのもあります。これは記号その他で分けています。それから、個人差がありますし、複合的影響もあります。
●リスクの判定
リスクアセスメントの2番目のDose Response
Assessmentと3番目のExposure Assessmentを合わせると、ドーズ・レスポンス・モデル(Dose
Response Model)が得られます。モデルが正しければ、どのくらいの曝露をした作業者にはどのくらいのことが起こるかということが判定できます。これを一般化してリスクの判定(Risk
Characterization)と言います。これをもって少し切り下げをして許容濃度を決めるというのがスタンダードな手続です。
●平均相対的モデル
つい数年前まで許容濃度委員会では、発がん物質については確率的な影響という議論があって、発がん物質の発がん性についての許容濃度は決めることができないじゃないかということで、許容濃度委員会の勧告値の表の横に発がん物質の表を作って―基本的にIARC(国際がん研究機関)に習っていますが、疫学的に―つまり人間集団で発がんが確認された場合は、グループ1に入れる、かなり確からしい―これは疫学的に確認されたわけではないのはとりあえず2Cにする、というかたちで発がん物質の表に入れる。石綿ももちろん発がん物質の中に入ってきます。それで発がん物質を全部抹殺できればよいのですが、先ほど言ったように現実的な話ではありませんし、アスベストを全面的に使用を禁止したところで、すでに使われたものを壊す作業をする人はどういう作業条件を作ったらいいかというとき、本当のレベルが必要になってくる。
許容濃度委員会で最初にそういう話題になったのはベンゼンですが、ベンゼンはガソリンの中にある程度入っています。減らそうという努力はしていますが、どこまで減らすのか、ガソリンの値段とのバランスのところもあるので、発がん物質の量に許容濃度をどう考えるか、これは日本の許容濃度委員会だけがとっている方法ですが、ユニットリスク(Unit
Risk (UR))という考え方を使いはじめました。私はずっと委員会に出ていながら、その重要性に気づかなかったんですが、結局、とりあえず、先ほどの何らかの線を引いていくと最後にストンと下がるか、横に引っ張るか分からない。とりあえず、これをずっと引っ張って考えたとしても、最後はゼロまでいってしまって何も決められない。発がん物質の表に入れてしまえばいいというのでは話が進まないではないか。ということで、これをちゃんと量的に評価しようということで出てきたのが、ユニットリスクです。
平均相対的リスクモデル(Average Relative
Risk Model)。数式は書いてあるように、ユニットリスクというのは、例えばアスベストで肺がんのことを考えるときに、アスベストに全然曝露しなくても日本人は肺がんになる。全然曝露しない集団の肺がんの頻度をP0とする。曝露した集団での非曝露集団との相対的な―単純にアスベストを曝露すると3倍肺がんになるとすると、Rが3で、カッコの中は3-1で2。1億人が一生のうちにあてずっぽうで10万人肺がんになるとすると、10万かける2で、分母のXは、ある工場でのアスベストの平均濃度。こういうユニットリスク、つまり単位濃度当たりに、一生涯において何人ががんを起こすか、そういう数値を求める。
これをその物質の発がんの程度として表現しようということです。10のマイナス3乗とマイナス4乗を習慣的に使いますが、これは習慣であって、決してこれを基準値として使えと言っているのではなく、何となく外国の数値と近い数値になるなというのはあるんですが、10のマイナス3乗、つまり1,000人に1人肺がんになるアスベストの濃度という表現をします。とにかく空気中の石綿の濃度とそこから生ずるがんの頻度、この国際的な値を決めて、1,000人に1人が一生涯に過剰にがんになる、がんにならなくてすんだのにがんが出るという濃度を決めている。それを表現していこうというのがベンゼンで最初に出ました。
●評価値決定のために用いたモデル式
2番手のアスベストがもたもたしていたら、同時にヒ素について出ました。実はタッチの差で早かったんですが、3番目にアスベストを勧告した。アスベストの勧告は、肺がんと中皮腫死亡を合わせた生涯過剰リスクが1,000分の1―1,000人に1人そういうことが起こるような値を求めようと。前提となるモデル式はアメリカのOSHA(労働安全衛生庁)、つまり政府機関ですね、日本で一番近い機関は労働省の安全衛生部かな―が、1985年年に出したモデルです。表2(25頁参照、評価値決定のための量反応関係モデル式)の肺がんのところ。先ほどユニットリスクの式とほとんど同じで、記号は若干変えていますが、曝露した人を曝露しない人で割り出した比較の危険に対して、石綿濃度と曝露期間、これも単純な期間、例えば1年間だけ作業してなるのはきっと違うだろうと。やっぱりがんになるにも曝露してから10年はかかるだろうと。実際もう少しかかる気もしますが、潜伏期間をおいて、f×dt−pというかたちで、作業者が曝露する繊維の濃度と期間の係数として求める方法です。
この式で求めるKLというのが、物質の発がん性の強さを表現します。これは曝露量の一次式で表現できると決めてしまったわけです。いいかどうか、この式に当てはめるのは疫学調査です。人様のことで、こっちの工場でもっと曝露してくれと言うわけにはいきませんので、いろいろな濃度で曝露していてその結果として起こっているがんの記録の結果を使っての数値でやっているので、一次式だろうが何だろうが、そこらへんの誤差はある。とりあえず一次式でやっています。
表3(27頁参照)に、ちゃんと曝露量の測定のしてあるアスベストの疫学調査を示しています。アスベストの毒性に関するデータというのは、全ての有毒物質の中で一番多いと言われてますが、きっちり曝露量とその結果による発がん量が書いてあるのはこれくらいしかない。その中で重複もあるし、いい加減なのもあるし、振り分けをしました。しかもクリソタイルとそれ以外のアスベストでは違うというので、そこまでちゃんと分けられると考えている。それから、肺がんについては、一次式で、KLで発がん性の強さを表現する。
様々な論文から求められたKL値には結構―1桁からの大きなばらつきがあるわけです。それをどうしたかというと、ばらつきが大きいときの揃え方として幾何平均値を使って、今までの疫学研究の平均のアスベストの発がん性の強さの係数の平均値を出して、これから求める。そして、一生その濃度で曝露していたら1,000人に1人がならないでいい肺がんもしくは中皮腫になる数を計算したのが産業衛生学会の勧告値の計算の基になったものです。
中皮腫の方は、単純な一次式ではできない。理論的にそうなのと、肺がんはアスベストと無関係な集団でいくらでも肺がんが出ますが、中皮腫はそもそも非常に数が少ない。アスベストに曝露していない集団での中皮腫に掛け算をするという肺がんの時に使った手が使えないので、もっとややこしい式を使ったわけです。ここ(25頁、表2の発癌の下参照)に偉そうに式を出しましたが、実際は何をやっているかというと、アスベストは肺がんの半分とか乱暴なことをやったりして、でも結構数値はいいかというふうにして求めていきました。
●石綿評価値提案理由書
石綿小委員会では、1998年1月から2年間少しで9回会合して、7〜8人のメンバーで、私が取りまとめました。その前にも4〜5くらいやっていたのですが全然動かなくて、許容濃度委員会委員長の櫻井先生がしびれを切らして私に振られました。振ったのはいいけれど前の委員会は残っていて、やるんだったらそことの関係を整理してくださいと言って、やっとお墨付をもらって2年間かかってようやく、10回弱勉強させてもらって大変面白かったんです。例えばタバコのことをどう取り扱うかとか、男性と女性をどうするかとか、単純に通り過ごしましたが、アスベストを曝露しない集団での肺がんアンケートの取り扱いは生命表法というのを使いまして、1995年の国勢調査のデータをもってきて、男性の年齢ごとの肺がんの頻度を調べてそれに掛け算をしていくという、そういう操作をしていたり、大変面白いところがあります。ひとつ許容濃度委員会で議論になったのは、ベンゼンの時には40年間の曝露というふうにしていますが、アスベストの場合には結果として50年の曝露をとりました。これは、ベンゼンを無視しているというイメージはないのですが、小委員会のメンバーはあちこちで実際のアスベスト作業の実態を聞いているものだから、中学を卒業してすぐにやっている人もいたから、16歳からの曝露にしようと。また、たまたまこれは私が言ったんですが、ある石綿工場は定年が60歳だけど、結構の割合の人がその後も同じ工場の中で同じ仕事をしながら、いるのが下請会社でより仕事がきびしくなっていると。65歳まで働いたとして、曝露期間50年ということで。親委員会の方で40年だと言われたんですが、そっちはロクに考えないで40年だけど、こっちはちゃんと考えて50年と言ってますということで、まあ、いろいろなことがありました。
委員会の勧告文の主な表題(省略、21頁以下の提案文を参照)を紹介してます。正確には、石綿の場合も許容濃度ではなく、評価値ということになります。ここらへんはきっちり分けなくてはいけませんが、長く言うと混乱しますが、10のマイナス3乗、1,000人に1人が生涯にこの濃度に曝露したらがんになる値を評価したらこうなる。それから1万人に1人の評価値は、石綿の濃度がこうであったと書いています。決してそれ以下だったら安全と言っているのではないのです。だから石綿評価値提案理由書です。
●過剰発がん生涯リスクレベルに対応する評価値
まず、「石綿の概括的なこと」。これは許容濃度の提案では必ず書かれると書きまして、ここで強調したことは、アスベストの種類によって違う。評価値自身もクリソタイルのみの場合とそれ以外も含まれる場合とを分けてやってます。数値も違ってます。それからスタントンの仮説といって、石綿繊維の長さと太さの比率、生体の中での溶けにくさの問題については様々なことが言われています。
それから、「実験的な研究」を紹介をしています。
「ヒトへの影響」については、石綿肺と肺がん、悪性中皮腫、がんではない胸膜疾患、この4つをとりあげて、石綿肺は今回の許容濃度の対象にはしていません。旧来、わが国はクリソタイルの許容濃度2繊維/ccというのでずっと来た。これは、7-8年前に産業医科大学で、たしかそう決めたイギリスの博士が経過を話してくれたのですが、2から3のところでいくつにしようかな、ポイと投票で決めたと言ってましたが、決めたのは肺を聴診して捻発音―プチプチと音がするレベルがある。これは石綿肺、繊維症が起こるレベルということです。当初、石綿肺になった中から肺がんになるのではという考え方があって、石綿肺にならないようにしておけば肺がんは避けられるという期待もあって、石綿肺を許容濃度に使って、それがずっとわが国でも使われてきた。石綿小委員会の最初の手柄は、この2繊維/ccを廃止した。これは1998年のことです。石綿肺はがんの頼りにならないし、もっと高い濃度の所で起こるので相手にしないことにしています。肺がんと悪性中皮腫―これは胸膜、腹膜両方を含みます。それ以外のがんについては、いろいろなこと言われていますが、これはとりあえず捨てる、計算には含めないという立場です。少し説明をしています。
「石綿の発がんリスク評価」で、申しましたようなモデル式の説明をして、16歳から曝露して50年間、潜伏期間を10年、平均寿命77歳―1995年の日本人男性の正確に言うと15歳の平均余命ですが、ほとんど0歳の平均余命と同じです。KM値はKLの10のマイナス6乗倍と仮定して、石綿繊維1繊維/mlの濃度での肺がんの生涯過剰死亡リスクは1,000人あたり3.0人、中皮腫は3.6人、合計6.5人となりました。この関係をもとに1,000人あたり1人にすると、0.1527繊維/mlになる。同様にクリソタイル単独以外では、計算すると0.0373繊維/ml。
勧告値としては、10のマイナス3乗リスクを、曝露がクリソタイルだけのときには、0.15繊維/ml、クリソタイル以外を含むときには0.03繊維/ml。10のマイナス4乗リスクでは、各々0.015繊維/mlと0.003繊維/ml。あくまで許容濃度委員会は、10のマイナス3乗リスクはこうだと。これをどう使うかは皆さん次第です。
*この後、中国のアスベスト工場の現場の写真をたくさん見せていただきましたが、省略させていただきます。
(講演記録を編集部の責任で編集しました。)
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