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アスベスト疾患の国際動向と最近の話題
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高橋 謙
産業医科大学環境疫学教室教授
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●はじめに
本日はお招きいただきありがとうございます。スライドは30枚程用意しましたので、お約束の時間である1時間を考えて準備してきましたが、少し時間が遅れていますので、できるだけ早めてしゃべりたいと思います。
私に与えられたテーマは、「アスベスト疾患の国際動向と最近の話題」ということです。正直申しまして、私のこの方面の知識は非常に限られております。アスベストニュースを出しておられる古谷さんの方がはるかにこの面ではお詳しいのではないかと、心底思っている次第です。ただ、若干の研究をした経験があるのと、最近国際会議に出席する機会があったということで、講演の依頼を受けたと考えております。
その会議とは石綿関連疾患に関する専門家会議です。フィンランドのヘルシンキ郊外、エスポーという非常に美しい湖畔で行われました。本日は会議報告を中心にお話をするということで、私の役目に代えさせていただきたいと思います。英語名はInternational
Expert Meeting for New Advancements in Radiology
and Screening of Asbestos Related Diseasesです。特に放射線診断学、それから石綿関連疾患のスクリーニングに関する最新の知見に焦点を当てた会議です。この会議の公式文書は現在取りまとめ中で、それが出たらおそらくまた古谷さんが翻訳するのではないかと思いますが、今日はみなさんには公表前のインサイダー情報を披露したいと思います。会議の名称からわかるように、やや技術論的な様相を帯びています。これが、その前の会議、実は先行する会議が1997年にヘルシンキであったわけですが、その会議との違いになっています。
●石綿に関する基本的事項
まず、基本的事項について確認したいと思います。石綿関連疾患と潜伏期間ですが、図の横軸が潜伏期間、縦軸が石綿曝露量です。4つの円が代表的な石綿関連疾患、右上が肺がん、右下が悪性中皮腫、左上が石綿肺、左下が胸膜プラーク。もちろん、肺がんと悪性中皮腫はがん、石綿肺はじん肺の一種ですから慢性疾患、胸膜プラークは胸膜肥厚斑とも呼ばれて一応良性疾患です。この図は潜伏期間と曝露量の関係を示していますが、それほど厳密なものではありません。ただおよその関係はわかります。肺がんと悪性中皮腫は一般のがんと同じように潜伏期間が長い。悪性中皮腫は肺がんに比べると比較的少ない量の曝露でも起きる。また、肺がんと異なり、喫煙との関係はないといわれています。悪性中皮腫と胸膜プラークは実質病変よりも低濃度で起きることがわかります。石綿に関連して起きるがんは、一般のがんに比べて相当に長い潜伏期間、通常20年から40年と言われていますが、そういった長い期間を要します。
石綿にいくつかの種類があることはみなさんご承知のとおりです。最も一般的なのは、クリソタイル―すなわち白石綿。全石綿の95%以上と言われています。ついで、アモサイト―茶石綿、実際茶色っぽい色をしています。それからクロシドライト―青石綿、実際にブルー系の色をしていますが、これはわずかです。クリソタイル以外はアンフィボール系に属します。日本は法律―特化則で、クロシドライトとアモサイトについては禁止物質に指定されていて、クリソタイルについては管理濃度が決められていますが、禁止はされていません。産業界で広く使用されていることはみなさんご承知のとおりです。
●石綿関連疾患の世界的流行
会議の話に入ります。この会議が開催された背景として、重要な認識があると思います。それは現在、地球規模で流行する石綿関連疾患があるということです。これをグローバル・アスベスト・エピデミックというキーワードで呼んでいるわけです。エピデミックは流行という意味で、流行があるという認識に基づいているわけです。私が所属している教室は疫学すなわち、エピデミオロジー、つまりエピデミック―流行という言葉に由来しておます。その流行の度合いですが、実数の把握は難しいのですが、西欧(スカンジナビアを含む西ヨーロッパ)、北米、オーストラリア、日本、この四極で、総人口が8億人ですが、そこで年間に発生している石綿関連がん―石綿に関連した肺がんは2万人、胸膜中皮腫が1万人と推定されています。
石綿に関しては世界中で1980年代から90年代にかけ、とくに先進国を中心に規制が実施されてきたにもかかわらず、先ほどの図で見たように、長い潜伏期間の後に病気が発生することから、がん発生のピークは2010年〜2020年頃ではないかということが予測されています。いろいろな研究者がそのような研究をしています。石綿は世界にとって健康上の障害であり、それは現在起きている。と同時に、近い将来も起き続けるという認識が今会議の出発点になっています。
こうした予測は他にもあり、石綿関連疾患の約半数は建設労働者に起きる可能性があるとされています。世界で生産される石綿関連製品の70%以上は東ヨーロッパ、アジアで消費されることから、そこでは21世紀中頃まで石綿関連疾患が顕在化する、すなわち流行病として現われる。先進国が来たる10年〜20年の間に石綿関連疾患のピークを迎えるという予測を示しましたが、そのこと自体たいへん大きな問題です。しかし、発展途上国、先ほど矢野先生の話にもありましたように、中国など今まさに石綿が使われ、今後もその使用が伸びることが予測されている地域では、このような問題が遅れて顕在化するというゆゆしき問題があるわけです。
●世界的漸次廃止
そのような中での対策ということになるわけですが、ワールド・ワイド・フェイズアウト、私は世界的漸次廃止と訳しましたが、もっと適切な訳があるかもしれません。会議では明確なスタンスをとっています。それがこのワールド・ワイド・フェイズアウトです。石綿関連疾患の世界的流行というのは先進国では医学的データに基づいて証明され、発展途上国では医学データはないが推定によって確実視されています。
はっきりしているのは、第一に石綿関連疾患は労働者の職業能力、寿命、クオリティー・オブ・ライフの損失をもたらすということ。第二に、国レベルでの悪性中皮腫と石綿消費量との間に相関があるということ。この点は後ほどスライドで示したいと思いますが、これは生態学的関連と申しまして、我田引水になりますが私もその評価を行いました。結果は相関があるということです。しかしこれは自分でやった研究ですから、けなしても構わないと思うんですが、それだけでは因果関係の証明にはならない。傍証のひとつくらいにはなります。いずれにしてもこういう点を踏まえて、総合的に考えれば、国の違いを問わず、生産・使用を禁止すべきであるというスタンスをとる必要があるということです。発展途上国の中では特に東欧、アフリカ、ラテンアメリカ、アジアを重点的に列挙しています。さらに石綿の全種類ということを明確に示しています。それが今会議のスタンスです。このことをもってワールド・ワイド・フェイズアウトと呼んでいます。
●石綿消費量と中皮腫発生の相関関係
図は私が実施した調査研究です。図の見方は、横軸が石綿消費、これは国民一人当たりの消費量、縦軸は悪性中皮腫の罹患または死亡で、単位が百万人/年です。皆さんのお手元に配られているもの(アスベスト対策情報
No.27, 49頁掲載の図参照)とちょっと点の位置が変わっていますが、これはフィンランドのトサバイネンという研究者と一緒にデータをアップデイトし、それを先般の会議で発表してきたわけで、こちらの方がデータは新しい。むしろ相関の程度は強まっているという傾向にあります。ただ、これにはいくつかの付帯条件があり、先進国を中心としたデータであるということと、本来は罹患または死亡のところはデータをそろえる必要があるわけですが、ご承知のように(一旦発症すると)非常に経過の早い疾患ですから、ほとんど実質的に違いはない。データの利用できる範囲の国でということでやった結果がこうした非常に強い相関になりました。
すから言葉で言えば、国民1人当たりの石綿消費量が多い国では悪性中皮腫の発生や死亡が多いし、少ない国ではそういったものも少ないという関係ですね。例えば人口密度の問題とかも本来なら考慮しなければならないでしょうし、石綿の種類もできれば評価して、もう少し精緻なモデルをたてないといけないと思います。いろいろ問題はあります。
この表(省略)は皆さんいろんなところで見ているので、詳細については省略します。これだけ石綿の全面禁止を決めた国があるということです。EUは5か年以内に全面禁止を決めています。
●中国の石綿制品製造工場
矢野先生も同じようなスライドを紹介してくださいましたが、私も中国で石綿のユーザー産業、中国産のクリソタイルを使って主にブレーキライニングを作っている工場の調査を行っています(写真は省略)。ここは中国では第3位の生産規模を持っていることを自認しています。その現場の写真ですが、局所排気装置がないか、あっても役に立っていない。石綿粉じんがいたる所に積もっている。これは1994年に行ったときに撮った写真ですが、今年また撮ったのを送ってもらいましたが、基本的に変わっていません。近いうちにもう一度行ってもう少し詳しい調査をしたいと思っています。ここの工場で死亡のリスクに関してコホート研究を行いましたが、男子従業員全体で肺がんの死亡で約2倍のリスクです。石綿肺が確実にある男性では肺がん死亡のリスクが4.7倍という結果です。
●1997年第1回ヘルシンキ会議
今回私が参加した会議に先行して、ヘルシンキで1997年に第1回のこのシリーズの会議がありました。今年行われた会議に比べると少し理念的というか、リスクアセスメントというか、そういうテーマに的を絞った会議であったわけです。私は行っていませんが、私の教室の上司(大久保利晃教授)が出席しました。今回の会議との共通点は、石綿非産出国の専門家だけを集めた。あえてそれを意図的にやったわけです。というのはご承知のように石綿の専門家は非常に色分けされていまして、単純に言ってしまえば、産出国の研究者は「石綿は有害性が強くない」と言う。そうでない国の研究者は一般に有害だという。今回の会議も、1997年の会議も石綿非産出国の専門家だけでやったわけです。その結果は、スカンジナビア・ジャーナル・オブ・ワーク・アンド・エンバイロメント・ヘルスに報告されています。
●ヘルシンキ・クライテリア
その会議では石綿関連疾患の診断基準あるいは起因性の評価―リスクアセスメントと言ってもいいと思いますが、そうしたことについて討議がされました。リスクの定量化については、累積曝露量の目安として、25ファイバー/年という数値が出されました。たとえば環境中の石綿濃度が1ファイバー/cm3であれば25年。もっと高い濃度であれば、より少ない年数で肺がんの相対危険度が2倍以上を惹起するという起因性について合意がなされたわけです。いろいろな知見をもとにした肺がんの相対危険度が2倍以上に相当するというコンセンサスですね。
このヘルシンキ・クライテリアは、その後、数か国―ベルギー、フランス、ドイツ、北欧、オーストラリアの補償に影響を与えたと言われています。少なくとも会議主催者はそう述べています。同時に、この25ファイバー/年という数値は、今年行われた会議では、ふりかえるとややリスクを過小評価しているのではないかということも話し合われています。この考え方は先ほどの矢野先生の話でいういわゆる確率的起因性という考え方になります。
●2000年第2回ヘルシンキ会議
私は今年のエスポー会議の方に出席してまいりましたが、会議の目的として大枠は変わっていません。石綿関連疾患の診断基準と起因性の評価というテーマですが、特に今回はそこに最新の知見を加えるということが目標となりました。最新の知見を加えるということは、いくつかの点で医療技術評価、メディカル・テクノロジー・アセスメントの見直しが必要というふうに考えたわけです。具体的にいうと、CT技術の進歩を導入すべきではないかという認識です。それから、スクリーニング技術の進歩も反映させるべきではないか。すなわち早期肺がんの外科的手術が予後改善に繋がる可能性が拡大してきたという認識です。
その結果、本会議の具体的目標として、第一に診断基準へCTを導入する可能性を評価する。第二に石綿曝露労働者の肺がんスクリーニングをプログラムとして履行する上での問題点あるいはその可能性について検討することが目標になりました。
この会議の技術的側面については、大変重要な討議が行われましたが、やや専門的すぎる嫌いもありますし、私もかなり乗り遅れておりました。ここで少し会議の理念的側面、あるいはその成果の骨子について見ていくことにしたいと思います。理念といいましたが、技術に対するポリシーの裏づけと言ってもいいと思います。石綿関連疾患の早期診断、先ほどの潜伏期間を表した図を思い出していただければありがたいですが、早期診断を行う意義としては、治療効果、補償の問題、生命およびQOL(生活の質)、予後というものに良い影響を与えるだろうということが当然考えられます。ですから早期診断をすることはそういった点を改善することに寄与するであろうという考え方です。
●診断基準へのCT導入の可能性の評価
具体的目標の第一点として、胸部CTスキャンの導入があります。ご承知のようにこれは現在の医療技術の中でかなり一般的、標準的技術となりつつありますが、これには発展途上国は含まれません。石綿関連疾患の早期診断への適用についてはおおよそ次のようなコンセンサスが生まれました。
第一は、職業的石綿曝露の既往者に対するCT所見、これは肺野と胸膜プラークの両方を含みますが、その国際分類が必要であろうということです。これは1980年のILO国際じん肺分類と同様の考え方、役割に期待しようということです。第二に、CTは石綿曝露による健康影響の早期発見を可能にする。第三に、悪性・非悪性疾患の診断に有効―これは、石綿関連のがんと石綿肺あるいは胸膜プラークなどを含む良性疾患の診断にも有効であろうということです。第四に、標準化されたCT検査は石綿曝露者のスクリーニングに有効である。そして、第五に、技術的な勧告です。最後の点については省略します。
第一のCTを使った国際分類の必要性、これについては今年の会議でも結論は出ていません。いろいろな国の研究者が集まり、それぞれが経験を持ち寄るので異なる体系が提唱されているわけですね。具体的にいうと、日本、ドイツ、フランス、フィンランドの国々で非常に熱心な研究者がいて、自分のやり方の利点を主張しています。ですから今後は各国の研究者の間で当然調整が必要になるという認識で一致しています。
●肺がん早期発見のためのスクリーニング
具体的目標の第二点としては、石綿曝露者に対する肺がんのスクリーニングです。一般的にいうと、医学的スクリーニングというものを導入する場合、いくつかの前提条件が満たされなければならない。そのことを再確認するところから始めています。前臨床期にある疾患の発見をめざすが、医療行為を主体的に求める前段階で疾病を発見あるいは阻止できなくてはなりません。早期発見でないと意味がない。第三点は、仮に疾病を発見できたとしても、医療的介入によって健康予後を改善できなければ、発見する意味がない。これは非常に重要な前提条件だと思います。
そのためにスクリーニング技術が具備すべき条件を三つあげていますが、1番目は疾病の存在を示唆―スクリーニング技術を使うことによってその疾病がおそらく存在しているだろうということを示唆するものでなくてはいけないのですが、これは確定診断とは違うわけでして、その後に効果的な確定診断が必要ということは当然あります。それから第2点として、被検者に受容可能であるということ。当然副作用が少ないあるいはあっても便益が副作用を上回るということが満たされなければならない。第3点は、感度、特異度、的中率、費用効果、標準化など、要するにスクリーニングテストとしての性能が良くなくてはなりません。
●らせん(Spiral-)CTでの肯定的な知見
石綿関連疾患の早期診断は、一般医療分野の技術水準あるいは運用方針と大いに関係があって、一般の肺がんスクリーニングの成果について詳細に検討した、というのが今回の会議の特徴であったと言えます。本来、アスベストのことについて話し合おうと集まったわけですが、一般の医療技術はどこまで進んできているか、ということです。その点からいうと、一般の肺がんスクリーニングについて見直しの気運が生まれている、という捉え方をしています。もちろん、これについては異論が多々あります。ここでは会議で支配的だった考え方についてご紹介します。
従来の考え方として、呼吸器系がんのスクリーニングの効果や便益はこれまで否定的でした。アメリカでの胸部写真あるいは喀痰検査を用いた大規模臨床試験では、スクリーニングは無益であると結論づけています。これに対して、否定的な見方を見直すべきではないかという考え方が生まれています。その第1点は、元のデータを再評価、すなわち否定的な見方を生み出すことになったデータを再評価した結果、呼吸器系がんのスクリーニングは必ずしも無益ではない、むしろ有用だということが出てきました。それから第2点は、最新の技術を用いたハイリスク群での肺がんの早期発見あるいは医療的介入に肯定的な結果が出ているということです。
その肯定的な知見や考え方として、会議で重視された研究が2つあります。いずれも一般医療分野の話です。ここ1〜2年の間にランセットに掲載された論文でして、ひとつめは日本人、もうひとつはアメリカ人による研究論文です。一つめは信州大学放射線学の曾根俊介教授らによる論文で、レントゲン車、この場合、らせん(Spiral-)CTを積んだバスを使って肺がんのスクリーニングを実施しました。二つめは、アメリカのコーネル大学のヘンシュケ教授らによる早期肺がんを発見するためのプロジェクトです。タイトルは初回スクリーニングのデザインと知見です。アーリー・ラング・キャンサー・アクション・プロジェクトの頭文字をとって、ELCAPと呼んでいます。このふたつの論文には共通点があります。肺がんのスクリーニングに関して、らせんCTを使って有望な結果を得たということです。
日本人による日本人についての研究ということで、曾根先生の論文の概略をみたいと思います。スパイラルCTというのはらせんCTですが、それを積載したレントゲン車を使い、今日まで18,000名の対象者に関する実績があります。これらは自発的被検者ということです。ほとんどが40歳以上であり、平均年令が60歳。45%が女性、54%が非喫煙者。そういった集団特性をもっているグループに対してスパイラルCTを実施しました。実施方法としては1年間隔で2回検査を行っています。これを受けたのが6,341名で、その内62名について肺がんを発見しました。これは0.98%に相当しますが、1回の検査の発見率が0.36%というのは、単純写真を用いた場合の発見率が通常0.03から0.05%と言われていますので、かなり高い。発見した者の83%がステージ1A、66%が径15ミリ以下であるとのことです。
スクリーニング検査としての評価については、先ほど「性能」と言いましたが、これは感度、特異度、陽性反応的中率から見てかなり良好な結果を得ています。1年後の再検査時もやはり感度、特異度、的中率とも良好です。それから、発見症例の63%は通常検査法(胸部単純写真)では陰性であったようです。発見症例の30%は増殖度が早く、5%は極めて早い。要するに悪性のものをたくさん見つけることができた、ということを述べています。
ヘンシュケの研究については省略しますが、基本的には同じメッセージを持っています。すなわち、肺がんのスクリーニングに対して、低線量のらせんCTを使って有効な結果を得たということです。
こういった評価結果が得られたこと自体は非常に斬新だし、新しい技術が有望そうだということで、ある意味ではこの2人の研究者は会議で英雄のように扱われたんですが、ただし書きを付けることを忘れていません。すなわち、二つの研究に共通する問題点ですが、スクリーニングの結果、生存率がどのような変化、影響を受けたかを評価した訳ではないのですね。実際にこの二つの研究は、小さな腫瘍を発見することができたのは確かですが、そういうものを治療するということは最終的には治癒率、生存率、死亡率に良い影響を与えるはずです。しかし、わかりません。スクリーニングで見つかる細胞のタイプ、見つかった後の治療方針とか治療水準によって治癒や生存の率が変わってきますので、そういった付帯条件を付けないといけない。ただし書きはあるものの期待は強い、というのが会議での評価結果です。
●他のスクリーニングテスト
会議ではらせんCTだけではなく、他のスクリーニング―従来のものも含めてですが、総括しています。まず、胸部単純写真については、石綿曝露労働者ではじん肺を評価する確立された手法である、としています。この評価については従来と変わっていません。しかし、胸写によって肺がんを早期発見する効果については認められていません。これは感度・特異度を評価した研究ではいずれもスコアが低いという結果がでています。ただ時に早期肺がんが見つかることはある。ここで言っていることは、石綿肺の発見あるいはその評価のために胸写は有効だし、意味がある。しかし肺がんを発見するという点ではその限りではないということです。最新の画像診断法、いわゆるスパイラルCTなどの技術ですが、そういったものを利用できない地域があるので、そういうところではこれまでに蓄積された既存のデータを再評価する必要があるだろう。つまり、そういう所では胸写を使わざるを得ないのですが、そこでは、もしかしたら有効という結果が得られるかも知れない。そういったことが実際アメリカではあったそうです。無効だと言われていたものが再評価した結果、有効だったという、これは色々な評価の仕方もあると思いますが、そういった見直しも必要ではないかということを言っています。
喀痰細胞診については、肺がんをスクリーニングする目的では価値が低い。自動化細胞診―これはコンピューターを使って自動的に核の大きさとかを測定して、ある程度診断を補助するという方法―がありますが、これはあくまでも評価途上であるという判断です。ただし、こういった技術を他と組み合わせていけば、価値がでてくる可能性もある。それから、中枢性のがん―気管や気管支の根もとのところにできるがんについては、らせんCTに限らずCT一般についてそうだと思いますが、見逃される可能性が高いですね。ですから、そういった部位では制約や限界がある。であれば、バイオマーカーあるいは細胞診の組み合わせなど、他の評価方法が必要となります。しかし全体として、現時点で喀痰細胞診はスクリーニング技術として勧奨できない。技術が標準化されていない、未成熟であると結論しています。気管支鏡検査については、費用や利用可能性の点からスクリーニング技術としては非実用的である、と結論しました。
これまで述べてきているのは個別患者さんについて診断する話ではなく、集団を対象とする、特に石綿曝露を受けた集団に対して適用するスクリーニング技術に対する評価の話です。ですから個別の症例に関しては当てはまりません。
●スクリーニング・プログラムとしての評価
スクリーニング・プログラムとしての評価についても様々な議論がありました。スクリーニング技術を適用する集団の特性は非常に大きな問題でして、例えば集団が違うと全然違う結果が出るということがあるんですね。同じスクリーニング方法でも。例えば集団によって肺がんの罹患率が違う。アメリカと日本を単純に比較するわけにはいきません。それから、がんの種類が違う。がんのステージが違うかもしれない。そういったことは全てスクリーニング技術を評価する時の発見率とか、スクリーニングの性能に関係してくるわけです。それぞれの社会の中で、スクリーニングを実施する上での実現性を考える必要性がありますし、それから当たり前の話ですが、見つかった先はどうするかということで、治療水準や医療へのアクセス、これは日本ではあまり問題がないかもしれませんが、発展途上国では非常に重要な問題です。そういったことを複合的、総合的に考えていく必要があります。先ほど日本とアメリカの先進的な研究を紹介しましたが、この会議ではそういった研究を重視しました。しかし、あくまでも異なる集団、異なる社会での成績であることから、単純比較は難しいし、一般化して何かを言うことも難しいわけです。
その他に、スクリーニング・プログラム上の問題として、研究と現実のスクリーニングへの適用の違いがあります。スクリーニングは早期発見することが大目的となりますが、場合によっては研究のためと言うか、リスクがある集団を同定するためにやるスクリーニングもあるんですね。それに対する価値判断は別にして、です。するとスクリーニングを適用する目的の違いによって評価も違ってくるということです。またスクリーニング技術があっても読影者をどうトレーニングするか、などの教育の問題があります。また画像診断で小結節がみつかったとしたら、今度は生検―バイオプシーするわけですね。その時の細胞診断が実施可能で、かつ高い技術が保証されることが当然必要になるわけです。
スクリーニングの負の側面とも関係してくるのですが、倫理的問題があります。たとえば1時間で5〜6名の検査効率が必要になります。それからCTによる放射線被曝の評価、これは改めてやる必要があります。スクリーニングによる心理的悪影響の問題も考慮する必要があります。スクリーニングによって疑わしいと言われ、確定診断を受けた結果、何もなかった。その間の精神的悪影響は当人でないとわかりません。日本で言えば、法律に基づいたじん肺健診とか、安衛法に基づいて行う一般健康診断、あるいは本人が主体的に受ける特定のがんを発見するための検査の話、すべてに関係してきます。
そうした問題点に対しては、スクリーニング・プログラムとしての質の確保、これはクオリティー・アクシュアランスという言葉を使いますが、そういったものが必要です。別の言葉で言えば精度管理ですが、非常に広い概念です。ワーグナーという人は、特に労働者の粉じん暴露と健康影響、スクリーニング、健診という文脈でスクリーニングを実施する際に留意すべき事項を挙げています。質の確保、秘密の保持、本人への通知、倫理的行動、こういったものが当然必要になるわけですが、一般のスクリーニングについても言えることです。
●第2回ヘルシンキ会議の勧告
最終的には、エスポー会議の結論として以下の勧告が出されました。
第1点は、らせんCTの価値は充分に高く、肺がんのハイリスク者に対しては診断と治療に活用すべきである。第2点は、らせんCTは完全に評価が定まるまでは一般人口に対して適用すべきではない。これは、らせんCTを導入したスクリーニング技術の評価が定まっていないことの反映です。第3点は、明確なハイリスク群、例えば石綿曝露者グループに対しては、スクリーニングを行う価値は高いであろう、ということです。が同時に、より多くの調査研究が必要であろうという認識を示しておりまして、私も全く同感です。
らせんCTを各種の場面、臨床診断や新たなスクリーニングに導入する場合、当然のこととして、すでに知られたリスク要因についてはこれまでどおり考慮していく必要があります。これは肺がんのリスク要因が何であるかということです。1番目は、石綿に対する累積曝露ですが、石綿の繊維種は問わない。このグループはそういう立場をとっています。これについては先ほど25ファイバー/年という一つの基準がヘルシンキ・クライテリアで示された、ということは先ほどお話したとおりです。2番目のリスク要因は、石綿曝露からの潜伏期間は通常10年以上といわれています。初回の石綿曝露からあまり時間の経っていないのは疑わしいということにもなる。それから3番目に、喫煙に対する累積曝露です。肺がんに対する相対危険度で言うと、喫煙は非常に大きいですね。アスベストよりも一般には大きいと言われています。もちろん年齢もあります。高齢者ほど、肺がんのリスクが高い。それから肺機能異常。これは何らかの器質的疾患があると肺機能異常の所見として現われるということです。それから色々な化学物質を含む、肺がんと関連のある、あるいは引き起こすと言われている物質があります。こういったことをすべて合わせて考慮していく必要があります。
悪性中皮腫のスクリーニングについては、「?」マークを付けましたが、見通しとしては明るくないというのが結論です。現在のところ、スクリーニングの効果、便益は認められていません。適切な治療や改善効果の証拠がない。しかし、石綿曝露者群に対する肺がんスクリーニングを評価することによって、この問題に対する知見あるいは成果を得る可能性があります。どういうことかというと、石綿曝露者というハイリスク群に対しては、最近のらせんCTの技術を適用すれば肺がんのスクリーニングを実施する意味がありそうだということです。スクリーニングをある集団に実施すれば、その中からいわば副産物として悪性中皮腫が見つかる可能性がある。そこで中皮腫に対するスクリーニングという問題に対してヒントが得られるかもしれません。御存知のように悪性中皮腫は生存年数が短い悪性度の強いがんですが、一部で併用化学療法、インターフェロンを組み合わせた治療方法に対する期待もあります。
留保事項ですが、スクリーニングは疾病発見を通じて疾病や死亡の状況を改善するものでなくてはなりません。そのことの再確認と、これは非常に重要な点だと思いますが、有害曝露環境の除去、通常、一次予防と呼んでいますが、これを代替するものではないんですね。あくまでも一次予防が失敗した次の段階でやるべきことです。さらに、過去の石綿曝露者については、一次予防の機会はすでに逸しています。ですから効果的なスクリーニング、すなわち二次予防と、それに基づく保健カウンセリング、これが残された方法として実施する必要があります。
ここで若干、私見を付け加えさせていただくなら、この会議では主にらせんCTの技術を使って、石綿に関連して起こるがんのスクリーニングの評価をしようとしたわけです。一方、医療技術は、ともすれば新しい医療技術ができたから、その医療技術が供給されるニーズがあるという錯覚を起こしやすい。それは厳に戒めなくてはなりません。医療技術が展開した歴史を見ると、往々にしてそのように錯覚することがありました。日本ではただでさえ健診時の放射線被曝が多いので、私としては新しい技術の評価は前向きにとらえる必要があるとは思いますが、慎重な姿勢も一方では持っておかなくてはいけないと感じています。
●お粗末な日本の疫学研究
石綿消費量と悪性中皮腫の関連をみると、日本は悪性中皮腫の罹患―日本の場合は死亡で見てますが、非常に低いです。石綿消費量は大体まん中位。これがなぜこうなのか。これは先進国のデータですが、これには次のようなことがあると思います。
このグラフ(省略)が世界の石綿産出量です。日本の輸入量です。左右の縦軸でスケールが違うので、実際の絶対量で見れば日本は低いカーブですが、その特徴を見ると、日本は欧米よりも遅れて輸入・消費の実態が始まっています。そして欧米よりも遅れて盛んになっている。その上、ピークは長く続いているし、今の世界の動きからするとさらに他の国よりも、日本は悪性中皮腫の罹患、死亡がまだ少ない。逆に言うと、今後、急速に他の先進国レベルに追いつく危険性があると考えています。
この図(省略)は世界の石綿疫学研究の比較です。医学文献で見て、asbestos/epidemiologyをキーワードに使って文献を検索すると1,700件くらいあります。その中で日本というキーワードをかけ合わせると、ほとんど研究者の所属としてかかってきますので、日本の疫学研究の水準を見る一つの方法と思いますが、日本は37件、これは割合で言うと2.2%です。中国でも15件あります。これは日本の世界に対するGDPの割合から考えてもはなはだお粗末な数字であり、先ほど見た石綿消費量、私はスケールが違うと言いましたが、世界全体の10%弱くらい使っていますね、日本では。そういったことからしても疫学研究の水準は低いと思います。
この会議全体を振り返って言えることは、この会議が全面禁止を含むアスベスト対策の進んだ国、そういった国のイニシアチブで開かれているということです。つまり、メンテナンスや修復の問題を除けば、曝露は過去のものとなっています。そういった国で言われる予防とは、二次予防(早期発見)のことが中心になりがちです。予防で最も大事なのは、曝露を起こさない、すなわち一次予防です。このことが、実態としてアスベストを管理しながら使用しているわが国にとっては、特に大事なことだと思います。このことと合わせ、疫学的評価を含めた新しいスクリーニング技術の評価ということを、今後はしっかりとやる必要があるのではないかと思います。
ご静聴ありがとうございました。
(講演記録を編集部の責任で編集しました。) |
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