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2002.11.9
更新 
講演録
2002.4.17
緊急報告集会の記録




新聞報道もされたように(4月2日付け朝日新聞朝刊、同月28日付け毎日新聞朝刊等)、4月10日に神戸で開催された第75回日本産業衛生学会において、「わが国における悪性胸膜中皮腫死亡数の将来予測」という研究発表が行われた。

わが国における悪性胸膜中皮腫死亡数の将来予測

 第1報: 胸膜中皮腫関連死亡に関するICD死因分類の変遷
 ○車谷典男(奈良医大衛生学)、名取雄司(ひらの亀戸ひまわり診療所)、
  高橋謙(産業医大環境疫学)、村山武彦(早稲田大理工・複合領域)

 第2報: Age-Cohort modelを用いた死亡数の推定
 ○村山武彦(早稲田大理工・複合領域)、高橋謙(産業医大環境疫学)、
  車谷典男(奈良医大衛生学)、名取雄司(ひらの亀戸ひまわり診療所)

近年、欧米各国では、アスベスト被害の「指標疾患」とされる悪性胸膜中皮腫が、「流行」と呼ばれるほどの増加傾向にあるために、疫学的な統計モデルや理論式を用いた将来の死亡数の予測が行われている。また、そのことが、アスベスト全面禁止と、最もハイリスクにさらされる建設労働者をはじめ、市民、環境を守るための、建築物等に使われてしまっている既存のアスベストに対するより厳しい規制・対策の導入という、今日の国際的潮流のバックグラウンドのひとつにもなってきた。たとえば、EU(欧州連合)は、2005年までに全面禁止を導入することを決定し、管理規制の強化について現在検討しているところだが、西ヨーロッパにおける胸膜中皮腫による男性の死亡は、35年間で約25万と予測されている(1999年11月号参照)。

日本において、言わば「アスベスト被害の将来予測」とも言える研究成果が公表されるのは、今回が初めてのこと。欧米とは異なり、いまも大量のアスベストを使用し続けているわが国では(2001年の輸入量は79,463トン)、予測されたシナリオが今後一層悪化することすら懸念される。

石綿対策全国連絡会議では、今回の研究成果の意義を理解し、今後の日本におけるアスベスト対策に活かしていくために、4月17日に、今回の研究チームの在京メンバーである村山武彦・早稲田大学理工学部複合領域教授をお招きして、「緊急報告集会」を企画した。今回紹介するのは、同緊急報告集会における講演の記録である。
(文責・編集部)



わが国における悪性胸膜中皮腫死亡数の将来予測


村山武彦氏(早稲田大学理工学部複合領域教授)
-2002.4.17



ご紹介いただきました村山です。

私とアスベストとの付き合いは結構長くて、かれこれもう15年程度になります。大学院の修士課程の頃に、研究とは別に市民活動的なこともしていて、そのなかで日本消費者連盟からアスベストに関するパンフレットを発行した(『グッバイ・アスベスト―くらしのなかの発がん物質』、1987年)、川村暁雄さんという方―彼もいまは大学の先生をしていますが―とも付き合いがあったりしました。

ただし、少し間があいてしまって、その後地方に行くということもあり、廃棄物の関係などもやってきたのですが、2、3年前にまた東京に戻ってきました。アスベストの問題がどうも外国では盛り上がっているということを聞き、研究チームに参加させていただき、今回発表したということになります。

もともと理工系の出身で、医学の門をくぐったということではないのですが、大学院では社会工学という分野を進みました。ここは結構幅広く社会問題を、いろいろなアプローチで取り上げるというところなのですが、そのなかでアスベストの危険性がどの程度なのかということを調べたりしてきました。

今日は、大学院の頃からやってきた研究に加えて、今年の4月に産業衛生学会で報告した内容についてお話ししたいと思っています。


今後のリスク増加を示唆するいくつかの情報

最初に、皆さんもすでにご承知のこととは思いますが、アスベストの危険性が今後顕在化するのではないかと考えられているわけです。外国ではもうすでに進んでいるわけですが、日本でもだんだんそういう傾向が出てきているのではないか、ということがあります。

過去の使用量と潜伏期間

そ のことを示唆するひとつとしては、過去の使用量があります。日本のアスベストの輸入量をみると(図1)、最近は若干減ってきてはいるものの、他の国に比べると結構な量になっているわけですね。しかも1970年代から1990年代にかけて、毎年20万トンから30万トンを使用していました。




(図1)
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もちろん、対策をちゃんととっていれば影響はないという言い方もできるわけですが、なかなかそう言い切れるものではないという気がします。実は、今回の発表に関する朝日新聞の記事を見たという、一人の患者さんから、先日電話をいただきました。その方は、数十年前にガラス工場で電熱製品を作っていたということです。昔は電気で暖房する機械がずいぶんあったと思うのですが、発熱をする部分がガラスで覆われており、周辺を断熱しないといけない。布状のアスベストを裁断して、自在にやっていた。そういう作業を20〜30年行う過程で相当のアスベストに曝露していたそうです。その結果、昨年、中皮腫という診断を受けてしまった。

過去に遡るほどそういう影響はあると思いますし、すべて対策がきちっとしていたとはとても言えないのではないでしょうか。他の国がどんどん規制を強めていくなかで、日本はこういう状況でいいのか、と常々感じているところです。

悪性中皮腫による死亡者数の増加

実際に、悪性胸膜中皮腫という診断を受けた死亡者の数も、年々増加をする傾向にあると言えると思います(図2)。1994年以前は若干加工していますが、1995年以降は、胸膜の悪性中皮腫という診断を受けて死亡された方です。男性の死亡数が増加傾向にあることは、間違いないと思います。




(図2)
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解体建築物中のアスベスト量の増大

こうした死亡数の増加を裏づける他の情報として、以前大学院の在学時に調べたものがあります。他の国でも言えることですが、アスベストの使用量で一番多いのはやはり建材ですね。そのため、建材からどれくらいアスベストが出てくるかということも、非常に注意してみておく必要があると思っています。

図3は、1951年から1985年―新しい数字がなくて申し訳ありませんが―の間に、どういう建築物が着工されたのかという数字を表しています。斜線の部分が「コンクリート系」、上の縞模様になっているのが「鉄骨系」の建物を示しています。こういうものがどんどん増えてきて、バブルがはじけてから若干建築物の着工量は減ったと思いますが、最近は都市再生ということで再びスクラップ・アンド・ビルドが活発になる傾向にあります。そういうなかで、古い建築物が壊されて、新しいものができていっているという状況があるわけです。




(図3)
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最近の新しい建築物ではそれほど多くはないかもしれませんが、昔のものにはアスベストが結構入っている可能性が高い。そういうことを考えると、図3の下の方に黒い棒グラフで解体量を示してありますが、この量がどんどん増えてきて、しかもそのなかに入っているアスベストの含有量は高くなってくるのではないかと考えています。

今後どれくらい解体量が増えていくかということを統計的に調べてみたことがあります。図4に2000年までの予測結果を示してあります。累積で建築物に入っているアスベストの量がどんどん増えてくる。それが解体によって環境中に拡散する可能性があると言えます。




(図4)
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こういう傾向を考えてみると、現在もなお輸入されているアスベストとともに、既に使用したものについてもどのように処理をしていくかということも非常に大きな問題です。


従来の予測手法(原因からのアプローチ)とリスクアセスメント

死亡数の増加や、これまでに使用したアスベストの環境中への拡散という問題がありますから、今後どのくらいのリスクが考えられるかということが非常に大きな問題になります。今回、研究チームの先生方と一緒に発表させていただいたのは、比較的新しい方法で出した推定値で、以前は別の方法でリスクを推定していました。それについて少し紹介させていただきたいと思います。

曝露量と死亡率との関係

従来、アスベストのリスクをどういうかたちで推定していたかというと、一つは、アスベストの量に応じて死亡率がどの程度上昇するかという関係を見い出す必要があります。図5はその関係を示しているわけですが、横軸はアスベストの曝露量―アスベストをどのくらい吸い込んだかという量です。それに対して縦軸はどれくらいの人が死亡したのかを示しています。



(図5)
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このように量が増えれば死亡率も上昇するというグラフを作成して、アスベストの量と死亡率との関係を、まず突き止めようということをやってきたわけです。私自身はこのためのデータを作成することはできませんので、医学分野の先生方の研究論文のなかでどういう関係にあるかということを調べてきました。

ただし、ご覧いただいたグラフにあるように、線がいくつか引かれていて、傾きがかなり違うわけですね。例えば、×の点を結んだ直線では、傾きはあまり高くなく、比較的緩やかに上がっています。ですから、もしこの直線が正しいとすれば、死亡率は緩やかに上がっていくということになります。しかし、▲の点を結んだ線の方が正しいとすると、少ない量でも急激に死亡率が上昇していくということになるわけです。

では一体どの直線が正しいのかということについては、議論になるところです。低い方をとるのか、高い方をとるのか、なかなかこれは決めにくい難しい問題になってしまいます。実は、それぞれの研究でどういう作業でアスベストを使用していたかという点が若干違っていて、紡織製品の製造作業を対象にして調べた場合や、スレートのようなセメント製品の製造作業を対象にした場合など、様々なタイプがあって、曝露の量と死亡率との関係を画一的に決めることが難しくなります。

これらを網羅的に調べた結果というものもあります。表1(省略)は、多くの研究の結果からアスベスト量と死亡率との関係を比較検討した結果です。こういったものを基に、曝露量と死亡率との関係をどうするかということをまず決める必要があります。

次に、アスベストの曝露の量がどれくらいかという話が出てくるわけです。アスベストの量が決まれば、先に決めた曝露量と死亡率の関係によって、死亡率が出てくるだろうと考えていたわけです。

リスクの推定レベル

このようなかたちでアスベストの危険性について推定をした結果を、図6(省略)に簡単にまとめています。大別して肺がんと悪性中皮腫というふたつの病気が考えられますので、各々についてどういうかたちで増えていくのかというモデルが示されています。

これに、一般環境における汚染レベルを考慮してリスクレベルを示したのが、図7です。男性と女性で値が若干違っていますが、その大きな原因は、女性の平均寿命が男性より長いためにアスベストを吸い込む量が増えることによります。




(図7)
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一般環境では、一生涯を通じて1万人に2人から3人くらい(男性: 2.3×10-4、女性: 2.6×10-4)がアスベストによって死亡するだろうというような結果が出てきたということです。

いま出したような結果は他のリスクと比べるとどれくらいかということを調べてみたものが、図8です。横軸が生涯死亡率、右の方が死亡率が低く、左へいくとだんだん高くなるという形になっています。アスベストによって生じるリスクは、推定値に幅を持たせています。先ほどの図5のアスベストの量と死亡率の関係も、ひとつの直線だけになかなか決めにくいところがあるので、高い場合と低い場合があり得るとしています。それから、アスベストの濃度についても、高い場合もあれば低い場合もある。そういう幅を考えてみると、高い場合はもう千人に1人というレベルを超えますし、低い場合は10万人に2人から3人くらいに下がってしまう。そういう幅を持っているわけですけれども、だいたい平均的には1万人に数人が被害に遭ってしまうという推定になっています。




(図8)
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他のリスクはどうかというと、Aは自動車事故ですが、現在でも年間1万人くらいの人が死んでいるわけですが、生涯死亡率に換算すると、男性の場合100人に1人くらいの割合で死亡するということになっています。交通事故の場合も、歩行者に限ると千人に数人ということになります。交通事故に比べると、アスベストの被害は100分の1くらいから10分の1くらいということになります。

アスベストとだいたい同じくらいのものは何かというと、鉄道の事故や航空機の事故などが挙げられます。航空機の事故による生涯死亡率はちょっと考えにくいのですが、ベースにしたのは1985年の数字を使っていますので、1985年に発生した日航機の御巣鷹山墜落事故の数字が入っており、比較しにくいところもあります。ただし、仮にあのような大事故が入ったとして考えてみても、同等のレベルにあるという見方もできます。これが、先ほど出したようなリスクのレベルと他のリスクを比較した結果です。

対策の費用対効果の検討

このようにみてみると、一般環境におけるアスベスト汚染は、さほど高くないと考える向きがあるかもしれません。しかし、本当にそうだろうかということを別の角度から考えてみました。

リスクの大きさそのものを比較する以外に、リスクがある以上何か対策をとる必要があるわけですから、対策の費用を考えて、どれくらいお金をかければリスクを削減できるかという点も重要です。行政も企業もリスク対策に投資できる費用は限られていますので、資源の有効な配分という意味では、リスクの大きさだけではなく、費用対効果の観点も極めて意味があると考え、他のリスクと比較検討をしてみました。

ひとつはアスベスト汚染ですが、とくに小学校で曝露した場合の対策ということを考えてみました。もうひとつは、自動車事故のなかでも歩行者が事故に遭う場合の対策ということを対象にしました。アスベストの汚染のなかでも比較的限定をしたものになったのですが、その理由のひとつは、屋内で曝露する場合はかなり集中的に被害に遭ってしまうということがありますし、私がこの研究をしていた当時は小学校の曝露が大きな問題になっていました。また、自動車事故は典型的なリスクですが、交通事故はドライバーが自らが原因で起こす場合もあります。それに対して、アスベスト汚染の方は完全に受動的で否応なくリスクを受けてしまうわけで、そういう状況と同じようなかたちにしようということで、歩行者だけに限ったわけです。

屋内汚染の対策方法によっては、不完全な場合もありますので、私も実際にガスマスクのようなものをかぶって作業をやらせてもらったことがあります。3年くらい前に早稲田大学に移ったわけですが、研究室が18階建てのビルに入っています。このビルは、霞ヶ関ビルができる前のちょっとだけ、日本一になったそうです。ちょうどアスベストを使用していた時期に建てられていて、天井にまだアスベストがあります。表面は固化対策がとられているんですが、何の因果かとても身近にアスベストと暮らしております。小学校のアスベスト対策についても、表面固化の対策をとるか、除去するかということになります。

除去対策の場合どれくらいの費用がかかるか、それに対して死亡率がどの程度減少するかを調べた結果が図9です。横軸の費用に対する死亡率の減少分を縦軸で示しています。




(図9)
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交通事故の対策は、グラフにあるようなかたちで進んできたわけです。1971-1975年の頃は、少ないお金で高い死亡率の削減ができていた、つまり効率的だったわけですが、だんだんと費用をかける割に死亡率の下がる効率は悪くなってきています。

それに対して、小学校のアスベスト除去の対策は、1981〜1985年における交通事故対策とほぼ同程度ということが言えそうです。交通事故は数としては多いわけですが、あまり対策が効率的ではないという言い方も、どうもできそうなのですね。それに比べると、アスベストの対策は、リスクがある場所がわかっているわけですから、そこに対して集中的に対策をとればよい。そういう意味では、交通事故と比較してもそんなに遜色がない。むしろちょっと高いくらいの効果があるということがわかりました。

こういう結果から見れば、アスベストのリスクはレベルとしては全体的にはそんなに高くないという言い方もできるのですが、対策の費用対効果を考えると、効果がないというわけではない。むしろ、交通事故などと比較すると、同じか、高いくらいであるということが言えそうです。

この結果は、すべて工場で曝露した方々の調査データに基づいており、職業環境におけるアスベストの曝露量と肺がんや悪性中皮腫の死亡数との関係から求めています。アスベストによるリスク推定は、これまでこういう形でなされてきており、他の方法でやってきたという人はほとんどいませんでした。


過去の死亡数に基づく将来の死亡数の予測(結果からのアプローチ)

対象とする死亡数

ところが最近になって、他の手法で将来の死亡数を予測する例が出てきました。私たちも今回、同じような手法でやってみようということになりました。この方法で用いられるのはAge-Cohort modelと言いますが、いままでの方法と一番異なる点は、従来だと曝露と死亡数との関係からリスクを推定するために、外国の研究の結果であっても日本の予測に適用してきました。これまでの日本の過去の死亡数は一切関係ない。―そういう扱いでしてきたわけなんですね。

それに対して、こちらの方法は、過去の死亡数に完全に頼る。他の外国の研究結果は関係ありません。あくまで過去の死亡数が把握できれば、その値を用いて今後死亡数がどのように推移するかという考え方で計算するわけです。

先ほどお見せした図2は、1995-2000年の数字は、厚生労働省がまとめている人口動態統計に示されている悪性胸膜中皮腫の死亡数です。ただし、1994年以前については、悪性胸膜中皮腫という分類がなかったものですから、過去どのくらいの死亡数があったのかということを正確に決められません。外国の場合もこれは一緒で、一体どの程度の数なのかということを推定する必要があります。

WHOが提示している世界共通の死因分類にICD(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems)があり、これまで10回に渡って改定されています。そのうち、9回目の改定では、1979年から1994年までの死亡の分類方法を示していますが、この中に「胸膜の悪性新生物」という分類があります。「胸膜悪性中皮腫」はこの分類の中に入っているだろうと考えられるのですが、それではどのくらいの割合で入っているかが問題になります。今回われわれが行った報告では、1995年以降のデータの推移から、だいたい92%から93%くらいは、「悪性胸膜中皮腫」とみていいのではないかと考えたわけです。この割合をどれくらいにするかということは非常に重要で、予測結果を左右する要因になります。外国の例ではもう少し低いものもありますし、逆に高くしているというものもありますが、とりあえず今回はこれくらいの割合にしました。

このような仮定に基づいて、過去の死亡数を示したのが図2(前出4頁参照)です。1994年以前は、「悪性胸膜中皮腫」の死亡数に0.927を掛けてあります。1995年以降は死亡診断書に死因が「悪性胸膜中皮腫」と書かれた死亡数そのものであるわけですが、昔は少なかったけれども最近は増えているとなると、将来予測に大きな影響を及ぼすことになります。

適用するモデル


次に少し複雑な部分になってくるのですが、この死亡数に基づいた将来予測に用いるモデルは、次の式で示されます。

 Yab=UaUb
  Yab: 年齢階層aにおけるコホートbの死亡率
  Ua: 年齢階層ごとの死亡率
 b: 基準となるコホートに対するコホートbの相対リスク

形としては、簡単に書けるモデルで、死亡数が2つの要素で決まると考えています。ひうとつは、Uaという年齢によって決まる要素です。たいていの病気、死亡要因は、年齢の上昇とともに死亡率が高まります。そのため、年齢によって決まる死亡率の要素がひとつあるだろうと考えています。

もうひとつの要素として、出生年によっても死亡率が左右されると考えます。同時期に生まれた人たちのグループを「コホート」と呼んでいますが、このコホートによって曝露のパターンが異なるだろうと仮定しているわけです。このように年齢と生まれた年という二つの要素で、死亡率が決定するというモデルに基づいて、今回の計算結果が出てきているということです。

疫学の教科書によると、この方法を用いてがんの死亡数を予測した例があり、決して特殊なモデルというわけではありません。これを用いて、アスベストによる影響を調べているという研究者が最近出てきたわけです。表2(省略)に、外国の研究論文の例をあげていますが、イギリスのジュリアン・ピートらのグループが、このモデルを用いて1995年に初めて将来予測を報告しました。その後、他の国々でも同じ方法による例が出てきています。

アスベスト汚染の特殊性


私は、アスベストを含め、環境リスクの管理について研究してきているのですが、他の化学物質と比較して、アスベストはかなり特殊な要素があるのではないかと考えています。

まず何といっても、過去にこれだけ使用してきて実際に曝露してした人たちがいて、その被害が実際に死亡数という結果に表れている。これは、他の化学物質に比べると、全く特殊な事情だと言っていいと思います。例えば、最近大きな問題になったダイオキシンは大変有害な物質ですが、この物質が原因で人が死亡した事例を挙げることができる研究者は、まずいません。

他の化学物質についても、特殊なかたちで死亡が出てくるということはまず、なかなかない。例えば、大気汚染物質だったら肺がんのようなかたちで影響が出てくるのですが、肺がんの原因となる物質は喫煙をはじめ、数多く指摘されています。ですから、肺がんが増加しているからとって特定の物質の影響を分析するのは難しくなります。これに対して、アスベストの場合は悪性中皮腫という非常に特殊な病気が、アスベストによって発生するということがかなり明確にわかっています。しかも、かなりの使用により、死亡数が増加しているということが明確になっています。だからこそ、先ほど示したこういうモデルが利用できるということなのです。他の化学物質では、このようなことはまずできないなというのを、学会で報告してから特に思うようになってきました。このような特殊な事情は強調しておいた方がよいと思います。

推定プロセス


このようなモデルを使って、今回、悪性胸膜中皮腫による死亡数の将来予測を行いました。このモデルを使う場合は、死亡数がどれくらいかという過去のデータがそろっていないとできませんので、1981年から1999年の20年間を対象としました。もっと長く対象にできればよかったのですが、1980年より前の部分がどうも信用できない数字が出てきているということがわかってきて、やむなくこの20年間を対象にしたという経緯があります。別の言い方をすると、もっと早くこの方法で推定をしようとしても、データがなかったので無理だったわけです。最近になって、数字が出てきたから、ようやく可能になったということです。

対象とした死亡数を年齢と出生年に分けて設定しました。このデータをもとにモデルに必要なパラメータを設定しました。結果として、生まれた年ごとに比較した相対的な度と、年齢ごとの平均的な死亡率が考えられるか、基本的にはこの二つのパラメータが出てきます。

それらをもとにして、今後各々の生まれ年の人が、年齢を重ねていった場合にどの程度の死亡率になるかが推定できます。これに加えて、将来の人口推計値が厚生労働省の人口問題研究所から公表されていますので、このデータを用いることによって、将来の死亡数がどの程度になるかが計算できるだろうということなります。

パラメータの推定とモデルの適合性


図10がモデルを適用して最初に出てくる結果の部分です。横軸に年齢階層が並んでいます。一番低いのが25-29歳、一番高いのが85-89歳という年齢階層を設定しています。




(図10)
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縦軸の方に生まれ年を並べています。一番古い生まれ年は1900年―前後±4年で、1896年から1904年に生まれたコホートで、縦軸にはその中央年である1900年を示してあります。順番に若くなってきて、一番若いコホートは1960年±4年、つまり1956年から1964年に生まれた人たちです。

ご覧のとおり斜めの部分に4本の帯の分(20年間を5歳年齢階層別に4本分)だけ数字が出てきているわけですが、1980年以前のデータが利用できないため、左上の部分が空白になってしまったわけです。右下の方も空白になっていますが、こちらはまだ数字が出てきていない部分、つまり将来の死亡数の部分です。

1900年頃に生まれた人はすでにかなり高齢に達していますので、これらの人々の死亡数は80歳台あたりの数字が出てきていて、上段の数字が実際に「悪性胸膜中皮腫」という診断で死亡された人数を示しています。下段の小数点のついた数字の方は、モデルによって推定された死亡数です。1900年を中央年とする生まれ年の人々の、80歳-84歳の死亡数は、現実の死亡数が18人、モデルによる推定値が15.3人ということになりました。推定値とモデルの適合性はそんなに悪くはなくて、実際の死亡数をかなりの程度推定できているということが言えそうです。

1960年頃に生まれた人々の中にも、20歳代、30歳代で「悪性胸膜中皮腫」と診断されて死亡している人たちが出ています。これはおそらく、昔はそれほど多くはなくて、最近の人たちがだんだん若い世代で亡くなる傾向が出ているということだろうと思います。しかし、数字が少ないためにモデルの適合性は若干悪くなってしまいます。

生まれ年ごとに危険度がどれくらい変わっているかを示したのが、図11です。このなかで一番危険性が高いと考えられるのが、1955年を中央年とする(1951-1959年生まれの)グループです。このグループより昔になるほどだんだん危険度が低くなっています。1940年を中心とするグループと比べると、1955年を中心とするコホートは2倍以上の危険性がありそうです。

ただし、この傾向はもっと若い人々のデータを入れていくと変化する可能性もあって、今のところこれ以上のことはいえません。

今後40年間の将来予測


さて、ここから将来の死亡数を予測するわけですが、具体的には、図10の右下側の空欄の三角形の部分に数字を入れる作業を行いました。




(図11)
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図10の縦軸「コホートの中央年」の数字の下に括弧書きで入れてある数字が、「各コホートにおける相対危険度」を示しています。先にお話ししたように、1955年を中心とするコホート一番高い危険度なので、このコホートを「1」と表した場合の、各コホートの相対的な危険度で表されています。また、年齢階層ごとの平均的な死亡率を括弧に入れてあります。この括弧の中の死亡率と相対危険率を掛けることによって、各欄に入ってくる数字がわかるだろうという考え方です。

このようにして推定した結果が図12(省略)です。実際に死亡数として出ているのが太い実線の値で、モデルによって今回推計した結果は細い実線です。これらを比較すると、実測値と予測値がほぼ合っていると見えるわけです。

これをもとに将来の死亡数を推定した結果が図13です。このうち、1980年から1999年までは実際の死亡数を示しています。2000年から2039年までの40年間の将来予測をしてみたわけですが、これくらい増えてくるだろうという結果になりました。




(図13)
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この結果から、2000年から2029年までの30年間で58,800人、2039年までの40年間にすると、103,000人という数字が出てきました。これも統計的には幅が考えられます。そのため、95%信頼限界では4万人から26万人という幅が出てきてしまうのですが、最も妥当な数字としては40年間で10万人程度という結果になったわけです。

この方法によると、アスベストの濃度や、曝露量と死亡率との相関は直接扱っていません。あくまで過去の死亡数から推定した結果、こういうかたちで伸びていくだろうということです。

この結果を他国と比較したものが図14です。期間は1995年から2029年の35年間です。横軸に各国の人口を取っていますので、人口当たりの死亡者数を比較することになります。オランダや、イギリス、フランスは、人口に比べて悪性胸膜中皮腫の死亡者数が結構高そうだという結果になっています。




(図14)
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日本は、スイスやイタリア、ドイツなどとだいたい同程度になっているわけですが、今回の推定で対象にしたのが、せいぜい1960年代前半に生まれた人たちで、それ以降に生まれた人は対象にしていません。ですから、そういう人たちも含めるとこの結果は変化する可能性があります。

これまでのアスベスト消費量の経緯を考えると、ヨーロッパの国々は結構早い時期から使用していたので、そういう時間的な違いをもう少し考慮しなければならないのですが、扱っているモデルの特性からそうした検討が困難なのが、今回の手法の弱点といえます。

以上、これまで私が取り組んできた研究と今回、他の先生方と共同研究で発表した内容についてお話ししました。

(文責・編集部)


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